プリメイラ Honolulu

袰岩奈々のホノルル・カフェぶらぶら日記。
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叱られているのは、ある特定の行動ということ

2019-02-19 07:30:42 | アサーション
「叱られ方」の研修をしている、
というニュースを見た。
「え〜、そんな授業、受けたくないなぁ」と
反射的に思ったが、
ネーミングが直裁的すぎるせいで、
拒否的な気分が出てくるものの、
思えば
批判をどう受け止めるか、という
アサーショントレーニングの一部とも言える。

せっかくだったら
アサーション・トレーニングの
全体を取り入れたらいいのになぁとも。
自尊感情を築いたり、持ったりすること、
感情に目を向けたり、言語化したりすること、
一人一人、ものの見方が違っていること、
お互いの考えや気持ちをどう受け取るかや
(受け取らないかや)
問題が起こったときにそれをどう解決するか。
これらがセットになっている。
叱る、叱られる、という部分は
一番最後の問題解決編の部分に当たる。
「表現」のところだけを知るよりも、
基礎体力に当たるような、
自尊感情や他者理解、感情理解をしておくと、
より応用力が発揮できる。

正しい、一つの叱られ方ってのは
ないと思うけど、
叱られたときに
「自分全体にバツがついたのではなく、
ある特定の行動にだけバツがついたのだ」
という受け取り方は有効だと思っている。
「遅刻した」ことにバツがついているだけで、
自分全体にバツがついているわけではない。

同じニュースの中で、最近の子どもたちは
叱られ慣れていない、とも言われていた。
確かに批判されることが少ない中で
育ってきているのかもしれないが、
それよりも、もしかしたら理不尽な
怒りやイライラなど、感情をぶつけられることに慣れてない、
ということもあるのではないかなぁとも思った。

もし、「お前はバカだ」というような表現で
叱られたとしたら、叱り方に問題がある。
具体的にどの行動について取り上げているのかが
分からないし、
どう変化を求めているかが
分からないからだ。

けれども、場合によっては、
「わぁ、ごめんなさい! すみません」
と言って、やり過ごしたほうが、
かわいがられたり、物事が先に進むこともある。
How Toがカバーできのは、一部分なのだよね。

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