みみかほう

こころの耳をすませて すてきな果報にであいたいとおもいます。

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✿シュガーロード

2015年05月21日 | ✿つぶやき
連ドラ「まれ」には
次々と、おいしそ~なスイーツが登場します。
そう、太鳳ちゃんは、以前とくらべると
ずいぶん、ぽっちゃりになりましたねぇ。


スイーツにはかかせないのが砂糖ですが、
この砂糖
日本にはじめてもたらされたのは約1250年前の奈良時代のことだそうです。
といっても、当時の輸入量はごくわずかで、目的も食用としてではなく、ノドの薬として使用されていたんですって。





福岡は、その昔
シュガーロードの宿場町で、
私のいなかも、
和菓子屋さんだの洋菓子屋さんだのが、とても身近かでした。


江戸時代、日本で貿易の拠点となっていた長崎に陸揚げされた砂糖は、「長崎街道」を経て京、大坂、江戸(現在の京都、大阪、東京)へと運ばれていった。このため、比較的砂糖が手に入りやすかった街道筋で、古くから甘い菓子が盛んに作られるようになったという。そんな歴史をもつ長崎街道は、別名「砂糖の道=シュガーロード」とも呼ばれている




シュガーロード


長崎→佐賀→福岡




そうそう、江戸の砂糖事情
こないだテレビで見ました。
「幕府や大名に御菓子を納めていた上菓子屋“鈴木越後”で修業した茂助という人が鈴木越後から独立の許しを得て、富山に帰り、1866年“鈴木亭”を創業することになる。・・・」
なんていうお話。

その
富山の鈴木亭で販売されているという
「杢目羊羹」とやら、さっそくお取り寄せしましたよ。

ネット画像



その“鈴木越後”も、薬だからということで容易に砂糖を手に入れていたらしい。
話はそれましたが、
江戸においては砂糖屋が薬種屋から分立するのは19世紀に入ってからです。


そこは、やはり
シュガーロードは、強いのです。


長崎周辺に流通していた砂糖を集計していくと、その量は輸入量の10%を超えるものと思われる。加えて長崎に隣接する佐賀・福岡の両藩は長崎警備の特権として、上方市場を通さず長崎において直接、砂糖などの輸入品を調達することができた。18世紀に入ると福岡藩は領内に唐物問屋・薬種問屋を定め、その安定供給を図っている。
こないだおじゃました佐賀 えすえいじえい佐賀  長崎街道の写真あります。





まれは横浜で修業してますけど、
そんなわけで、
福岡は、スイーツ大国なのですよ。




・・・





コメント (20)
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