物忘れ防止のためのメモ

物忘れの激しい猫のための備忘録

飛鳥から紀州橋本市へ

2022-07-05 | 行った所

以前隅田八幡宮へ行ったときには、五條から京奈和自動車道を走ったのである。だから御所のICで高速に乗るのかなあ、と思っていたのだが、稲渕辺りでナビに入れるとどうも違うようだ。よくわからないままナビ通りに走る。田舎道や集落内の道を走る。途中から概ね近鉄吉野線線沿いを走ったらしい。

 吉野駅を過ぎてしばらくしたところで道標を見た。
 右 かうや 左 大峰 とある。
こういう道標があるところを見ればこれは街道だ。これは当てたかも、と思う。
五条のどこからか24号線になる。
 橋本市内の紀ノ川

橋本駅の北側に小高い丘陵があり、丸山公園とある。陵山というかなり大きな円墳があるところなので、てっきり古墳公園になっているのかと思ったのだが、迷い迷い細い急坂を行きついてみれば、草ぼうぼう、何やら裏さびれているのだった。一応滑り台などの遊具はあるものの、こう草深ければとても小さな子供と遊びにこようとは思うまい。
 陵山古墳

 案内板もあった。しかし古い時代の発掘されたためか遺物は散逸。残ったものは郷土博物館にあるというが博物館は休館中なのだった。隅田八幡人物画像鏡はここからでた可能性がある。
 公園内に第二次世界大戦中、米軍の機銃掃射による被弾跡が掲示されていた。

 南方面 写真ではよくわからないが東西方向に紀ノ川が流れている。


奥明日香

2022-07-05 | 行った所

 石舞台の付近から南に祝戸地区があり、歴史公園になっている。かなり広い範囲を公園化しているようだ。
入口から少し入るとマラ石という物がある。


所謂飛鳥の謎の石造物らしいが、縄文の石棒に似ている。石棒はたいていきれいなエンタシスのある円柱状に加工し、先端に男性器を模した突起がつく。マラ石は突起はともかく四角柱から加工したのかという形状が残る。近くのふぐり山という山と対応するというのだが、どの山かわからなかった。
公園の奥へ入っていくと飛鳥稲渕宮跡がある。


ここは〇〇の宮があった伝承地ではない。発掘で宮っぽい建物跡が出てきたのだ。7世紀半ばに比定されているようだ。

公園を出てさらに南下すると稲渕棚田の看板があった。


この地に営々と田が造られたのはいつごろからだったのか、またこの景観を守るためにどれ程の努力がはらわれていることか。
飛鳥川の谷だ。西へひと山越えると檜前になるのだろう。

道が二手に分かれ、左は南淵請安の墓のある集落へ。

 墓そのものはよくわからなかった。是ヨリ壱町 とあるように読めるが、坂を上がると行き止まりで、左の寺らしい建物も門が締まり、何の表示もない。

もう一方は飛鳥川を渡る橋がある。この橋のたもとには道と川の上を注連縄が渡っている。

 男綱だ。
飛鳥川に沿って遡るようにしばらく行くと、今度は女綱だ。

 

おおらかなのか何なのか、民俗学にはあまり興味はないが、ともあれ子孫繁栄の願いは強烈だったか。