50代になると給与カットと親の介護が同時に起こることもある
本コラムのテーマである「人生100年こわくない」を深く吟味してみたい。
伝統的なライフプランの考え方は、教育資金、住宅資金、老後資金という3大資金を計画的にためて乗り切るというものだった。
実は、近年はそれだけではうまく人生設計ができなくなっている。人生という長期で考えたとき、人生を脅かすもっと別のリスクがあることを考える必要に迫られていると筆者は思う。
50代で給与カット
1つめは50代のライフステージで訪れるリスクである。
勤労者にとって、同じ職場に勤め続けていても役職定年を53〜57歳のタイミングで迎え、年収が3〜7割カットされることは珍しくない。
2017年の人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」では、事務・技術関係職種の従業員がいる企業のうち役職定年がある企業の割合は、企業規模500人以上で30.7%(全規模16.4%)となっている。
役職定年制は定年延長とともに広がってきた経緯がある。23年4月からは、国家公務員や地方公務員も60歳で役職定年になる制度が敷かれた。公務員は31年度にかけて定年延長が段階的に進む見通しだ。
政府は13年、「2025年までに定年年齢を65歳未満と定めている企業は希望者全員に65歳までの雇用を確保することが義務づけられる」とした。
21年にはさらに努力義務として「70歳までの雇用確保」を定めている。
昔は、50代は子育てが一段落し老後の準備資金をためるタイミングとされてきた。
それが50代からの給与カットで難しくなり、65歳の退職金を当てにするしかなくなった。
むしろ子育てのタイミングが後ずれし、大幅な給与カットで収支赤字となり、貯蓄を取り崩す人も増えてしまった。
企業が与えた事情変更が大企業の勤労者の人生設計を大きく狂わせている。
終身雇用制が頼りにならなくなった分、私たちはできるだけ長く働くことを余儀なくされる。
政府は年金制度改革の中で、年金支給開始年齢を65歳に繰り下げると同時に、企業側には65歳までの継続雇用を求めた。企業は雇用責任を負う代わりに主としてシニアの給与水準の切り下げを決めた。
官と民が暗黙の合意でシニア従業員の待遇を引き下げたのだと筆者はみている。
問題は役職を失い、給与も下がった従業員がやりがいも見失い、生産性を低下させるケースが多々あることだ。
この問題は企業内でも多くの人が「おかしい」と矛盾を感じているが、ほとんどの人が自分たちではどうにもできないと悶々(もんもん)としている。
れならば人手不足の中小企業に転籍して再びバリバリと働いてくれた方がよほど良いと思う。社会が抱える大矛盾だ。
親の介護と相続の問題
2つめのリスクは親の介護・相続である。
例えば自分が60歳の男性だったとしよう。母の平均年齢は85歳で、父は88歳だと想定できる。おそらくこの年齢よりも前から徐々に介護ニーズが出現している。
健康な高齢者の中には、「自分は介護施設などに入らずに、死ぬときまで自宅で過ごしたい」という人がかなり多くいる。
健康なときはそう考えていても、実際に要介護の状態になると肉体的にも経済的にもそれができなくなる。例えば配偶者のどちらかが要介護状態になって、ヘルパーさんに自宅に通ってもらう。夜間まで付き添いをお願いすると、支払う料金は毎月相当な額に膨れ上がる。
在宅ですべてをやりくりすることはいずれ困難になり、介護施設に入所することになる。
だから、介護施設に入りたくないと言っている両親に早いうちから入所するよう説得する必要がある。
問題なのは、条件のよい介護施設に入所しようとすると経済的負担が大きいことだ。
親に資力がある場合はよいが、そうではないことも多い。先にみてきた役職定年などがあって、自分の収入が心もとない中で、自身の老後資金を取り崩さないといけなくなる。親の持ち家を処分して入所資金にする方法もあるが、多くの場合、親は反対するから、結果的に子供が負担することになる。
両親が亡くなると、今度は相続資産の分配の問題が生じる。子供が東京などに住んでいて両親の資産が地方にあるときは処分するしかないことも多いだろう。
思い出があるから処分できずに年数が過ぎることもある。そうした不動産を空き家のまま放置すると、最近は税負担が重くなるなど保有が厳しくなるケースもある。
両親の資産処分では、親の認知能力が低下する前に遺言書を作ってきちんと取り決めをした方がよい。
親の資金管理の必要を考えると、家族信託で誰かが代理人となって管理するように、生きているうちから切り替えるのが望ましいと思う。
こうした財産管理は親族の間でも火種になりやすい。子供のいない夫婦のどちらかが亡くなると、亡くなった方の親族が出てきてもめることもある。
こちらも生前に遺言書を作成して、トラブルが生じないための準備をしておく必要がある。親だけではなく親族の介護・相続問題は隠れた重大リスクである。
自分の両親が長生きするほど自分自身も高齢になり、こうしたしんどい問題に機敏に対処できなくなっていく。
相続資産が入ってくることは、自分にとって経済的なプラスに思えるが、その手前に相続問題があることを考えると、その潜在的コストには事前に準備をしておいた方がよいと考えてしまう。
円安リスクのヘッジ
3つめのリスクは、私たちが通貨円で大半の資産を保有していることである。
日常、私たちは円があれば十分に生活ができると錯覚してしまう。しかし、実際はエネルギー、食料などは海外からの供給に依存しており、価格は上昇している。
つまり、為替レートや商品市況の影響を絶えず受けていて、そこで円の購買力が低下するリスクにさらされているのだ。筆者は資産を円よりもドルで保有しておくことをお勧めしたい。
もしドルを持っていれば、輸入物価が高騰することのリスクヘッジができる。ドルの利回りは日本の物価上昇率よりもほとんどの期間で高かった。為替レートも12年以降は円安方向に動いている。
将来もこの図式は大きくは変わらないと予想する。日本は米国に比べて相対的に金利水準が低い状態が続くだろう。
為替レートもその金利差によってドル高・円安基調をたどるとみられる。日本の貿易赤字体質もそう簡単には是正できそうにない。
もっとはっきり言えば、ドル保有をお勧めするというよりも資産を円で保有することが相対的に損をすることだと考えている。
実質金利はマイナスを抜け出せないし、通貨価値は弱いままだろう。人口減や高齢化により成長率は衰えており、円安のときに輸出で稼ぐ力量も著しく落ちている。
政府債務が巨大化し、インフレによって債務価値を実質的に下げた方がよいとの見方もある。これは国民を窮乏させることにほかならない。
そうした意図から逃れるためにも、より多くのドルを保有して、資産防衛をすべきだというのが筆者の考え方だ。
それでは円安がますます進んで逆効果だという反論もあり得よう。しかし、国民が資産防衛のために外貨を持とうとしていることに政府や日銀がもっと深刻な危機感を持つように変わらない限りは、自国通貨を弱くする経済政策を続けるだろう。
13年からの黒田東彦・日銀前総裁のもとでの金融緩和政策は、円安の弊害に対して国が全くの無関心だったからこそ実行できた。
円安に対して、根本的に反対するカウンターパワーが存在しなかったことが、現在までの状況を生んだ。
「人生100年」を考えるとき、円安のデメリットをもっと意識して、リスクヘッジのためのドル保有を増やすことは合理的選択である。
議論すべきことは、円を多く持ち過ぎるリスクに対して、ドルだけに分散するべきか、ドル以外の多通貨に分散するか、という選択肢だろう。
ドル偏重はトランプ政権の誕生というような米国固有のリスクにさらされることもなる。だから、全世界に分散投資をした株式投信の方が有利に見えてしまう。
しかし、ドル以外の通貨に分散すると、下落しやすい通貨を持つことになりかねない。この点は自分の判断力を磨く必要がある。
筆者はドル偏重のリスクよりも、通貨分散をして必要以上に弱い通貨を持つほうがリスクと考える。こうした判断は人それぞれに違ってくると思う。
第一生命経済研究所首席エコノミスト。1990年横浜国大経卒、日銀入行。調査統計局や情報サービス局を経て、2000年に第一生命経済研究所入社。11年より現職。
[日経ヴェリタス2024年8月4日号]
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
人生100年。素晴らしいことです。 楽しい人生を過ごせる時代になっています。
いかに人生を楽しむのかに力を注ぐのですが、リスク「が」あります。
人生後半のリスクは、30や40年の間に乗り越えるのですが、対処法さえ間違わなければ上手に対応できます。
それらのリスクが同時にやってくることはほとんどなく一つ一つ丁寧に対処すれば必ず乗り切れます。
対処する知恵や時間は十分にあるのですが、実は「何も考えず対処も取らない」つまり何もしないことこそが人生最大のリスクと思えます。
例えば、相続では、親や兄弟姉妹と話ができる雰囲気・環境をいかに醸成していくかですが、早くから時間をかけることが大切なのです。
日経記事2024.08.02より引用
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なかなか、リアリズムのある秀逸な記事でした。
ただ、一点問題があるのは、ドルで持っていても、日本で生活する以上ドルを使って買い物はできないということです。
銀行に行って円に代えてもらおうとすると、結構手数料を取られます。
実は金も同じで、一般人は、銀行や金(Gold)業者などに保管お願いするしかありません。 そうすると手数料を決行取られて手放し人が多いのが実態です。(私の経験談)
自分で金(Gold)をタンスに保管していても、売るときに金の純度などどうやって保証するのですか? まさか自分で化学分析する?
アメリカ大陸に住んでいる人なら、国が違ってもドルで買い物が出来たり支払いが出来ます。 欧州なら国が違ってもユーロで買い物が出来たり支払いができます。
日本で、自由にドルで買い物・支払いができる時代が来るとは思えませんが。