主将の滝島です。
いよいよ最期の日記を書く順番が回って来ました。引退まで残すところ40日です。
入部宣言をした2016年の4月8日から今日で1208日経っていました!(アプリで計算しました笑)
入部宣言をした瞬間は、今でも鮮明に覚えています。
食堂の端っこで言いました。
「私、滝島俊一は立教大学体育会ボート部に入部します!」
割れんばかりの拍手で応えてくれた先輩方を見て、ここで4年間頑張ろうと心に決めました。
…しかし、同期をはじめ、先輩方は思ったでしょう。
「このデブはボート部でやっていけるのか」
そりゃあもう、最初は死にそうでした。
大回り2周(10kmのランニングメニュー)なんて帰ってくるのに同期の倍かかっていました。
両膝が悲鳴を上げていました。
サーキットも心臓が破裂するような思いを毎回していました。
なぜ続けて来られたのでしょうか。
それは
「かけがえのない仲間が居たから」
身体の重みでひいひい言いながら走っている私を、走り終えた同期が迎えに来てくれました。
サーキット中、止まりそうになった私に檄を飛ばしてくれました。
肋を痛めて漕げなくなった時に、言葉をかけてくれる先輩がたくさんいました。
何でも相談に乗ってくれる同期がいました。
そんな仲間ができたことが嬉しくて、私は逃げ出さずに頑張って来られました。
心から尊敬できてカッコイイ先輩がたくさんいて、頼ってくれる可愛い後輩がいて、そして何よりこの同期がいたから、今の私があります。
ここまでボートを続けて来られたのも、主将をなんとか務めて来られたのも、周りにたくさんの仲間がいたからです。
改めて、本当に立教大学ボート部と出会えて良かったと思います。
この4年間で、一生の宝物を手に入れました。
3年前の4月、先輩である安蒜豊文さんと出会わなかったら、私はボート部にはいません。
豊文さん、私をボート部に入れてくれて、ありがとうございました!
たくさんの先輩方にお世話になってきましたが、私の中では豊文さんが一番の先輩です。
これまで関わりを持てた全ての人に感謝をし、集大成となるインカレでは全クルーの入賞と男女での優勝を果たすべく、部員全員で戦い抜きます。
残り少ない期間ですが、よろしくお願いします!
いよいよ最期の日記を書く順番が回って来ました。引退まで残すところ40日です。
入部宣言をした2016年の4月8日から今日で1208日経っていました!(アプリで計算しました笑)
入部宣言をした瞬間は、今でも鮮明に覚えています。
食堂の端っこで言いました。
「私、滝島俊一は立教大学体育会ボート部に入部します!」
割れんばかりの拍手で応えてくれた先輩方を見て、ここで4年間頑張ろうと心に決めました。
…しかし、同期をはじめ、先輩方は思ったでしょう。
「このデブはボート部でやっていけるのか」
そりゃあもう、最初は死にそうでした。
大回り2周(10kmのランニングメニュー)なんて帰ってくるのに同期の倍かかっていました。
両膝が悲鳴を上げていました。
サーキットも心臓が破裂するような思いを毎回していました。
なぜ続けて来られたのでしょうか。
それは
「かけがえのない仲間が居たから」
身体の重みでひいひい言いながら走っている私を、走り終えた同期が迎えに来てくれました。
サーキット中、止まりそうになった私に檄を飛ばしてくれました。
肋を痛めて漕げなくなった時に、言葉をかけてくれる先輩がたくさんいました。
何でも相談に乗ってくれる同期がいました。
そんな仲間ができたことが嬉しくて、私は逃げ出さずに頑張って来られました。
心から尊敬できてカッコイイ先輩がたくさんいて、頼ってくれる可愛い後輩がいて、そして何よりこの同期がいたから、今の私があります。
ここまでボートを続けて来られたのも、主将をなんとか務めて来られたのも、周りにたくさんの仲間がいたからです。
改めて、本当に立教大学ボート部と出会えて良かったと思います。
この4年間で、一生の宝物を手に入れました。
3年前の4月、先輩である安蒜豊文さんと出会わなかったら、私はボート部にはいません。
豊文さん、私をボート部に入れてくれて、ありがとうございました!
たくさんの先輩方にお世話になってきましたが、私の中では豊文さんが一番の先輩です。
これまで関わりを持てた全ての人に感謝をし、集大成となるインカレでは全クルーの入賞と男女での優勝を果たすべく、部員全員で戦い抜きます。
残り少ない期間ですが、よろしくお願いします!