昨晩は、『修羅の終わり』(貫井徳郎著、講談社文庫)を読んだ。
ラスト、本当にこれでタイトルのように「修羅の終わり」のかな、
修羅が終わるのかな、と思ったけれど、
1人の人生として考えたときには、やはり終わるのかもしれない。
でも、やっぱり「修羅の終わり」であっても、涅槃ではない。
もし、死によって本当に本当に修羅が終わるのなら、修羅に終わりがあるものなら、
いいな。
この本は、本格ミステリーだけれど、
奇怪な殺人があるわけでも、密室トリックがあるわけでもない。
1つひとつの犯罪には実行犯がいるわけだけれど、
でも、もっと大きな「この世」に踊らされているというか。
何が一番悪いって言ったら、自分として生まれてきてしまったこと、というような、
救われない、解決されないミステリーだった。
さて、今日は今年の仕事はじめ。
空はすっきり晴れて、いい天気なのにとても寒く、
休みの間に冷えきったオフィスビルの底冷えがなんとも言えなかった。
それにしても、冷えるなあ。
ラスト、本当にこれでタイトルのように「修羅の終わり」のかな、
修羅が終わるのかな、と思ったけれど、
1人の人生として考えたときには、やはり終わるのかもしれない。
でも、やっぱり「修羅の終わり」であっても、涅槃ではない。
もし、死によって本当に本当に修羅が終わるのなら、修羅に終わりがあるものなら、
いいな。
この本は、本格ミステリーだけれど、
奇怪な殺人があるわけでも、密室トリックがあるわけでもない。
1つひとつの犯罪には実行犯がいるわけだけれど、
でも、もっと大きな「この世」に踊らされているというか。
何が一番悪いって言ったら、自分として生まれてきてしまったこと、というような、
救われない、解決されないミステリーだった。
さて、今日は今年の仕事はじめ。
空はすっきり晴れて、いい天気なのにとても寒く、
休みの間に冷えきったオフィスビルの底冷えがなんとも言えなかった。
それにしても、冷えるなあ。