隅田川神社はリハビリ病院に行く途中にあるので時々寄ってみました。
今回は江戸名所図会と合わせて散策してみます。
江戸名所図会手前が水神、奥が本堂、木母寺となっています。
江戸古地図によると隅田川のほとりカネガフチのところに水神の文字が見えます。古いスミ田川をはいると木母寺があります。
★ランドマーク隅田川神社:源頼朝が平家打倒の兵を挙げ下総から武蔵に入るために、隅田川に仮設の船橋をかけた際に水神の霊を感じ、社殿を造営したことにはじまると伝えられています。隅田川流域一帯の総鎮守となり、水神社と呼ばれていました。水の神様らしく境内には、石亀や「船の錨」など、水や川、舟に関するものを数多く祀っています。
水神の森路:荒川の下流、鐘ヶ淵を越え大きく曲がったこの地は、隅田川の落ち口(終点)で、かつては鬱蒼とした森が広がっていました。人々からは水神の森とも浮洲の森とも呼ばれて親しまれていました。
昔、ここから入江が始まり、海となっていたことから「江の口」、すなわち「江戸」の語源ともなったといわれています。
水神の森は「江戸名所図会」にも描写されているとおり、川岸にあった水神社(隅田川神社)の鎮守の森でした。川を下ってきた人々は隅田川の入口の森として、川をさがのぼる人々にとっては鐘ヶ淵の難所が近いことを知らせる森として、格好の目印となっていました。
その後、震災・戦災にも焼失を免れた森は戦後の開発で失われてしまい、隅田川神社自体も百メートルほど移されて現在地に鎮座しました。墨田区教育委員会
神社の外の公園のところには隅田宿跡の由緒書きがありました。
隅田川神社の参道は防災団地のところにありました。
こちらが境内の鳥居です。
水神宮の石碑です。こちらの石碑には隅田川八景が書かれています。
拝殿です。
お百度石の奥に狛犬ならぬ石亀が控えています。
隅田川沿い(高速道路下)にも鳥居がありました。関東大震災で壊れたものを再建したようです。
「鶴力」と書いてあります。力石は知っていましたが鶴力とは、手前の石は「さし石」と書いてあります。
境内には石でいろいろな神社がまつってあります。
石亀も社に祀ってありました。
天満宮
錨も祀ってあります。
木母寺は200mほど離れたところにあります。