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乱が止まらない 平治の乱 鎌倉時代の少し前

2023-11-19 13:21:44 | 🇯🇵知れば知るほど、、日本の歴史🗾

保元の乱で、武士の手を借りて勝利した後白河天皇、、まずは一安心☺。「わし、、息子に皇位を譲るわ。ほんで、わしは、上皇になりますがな。」決断早く、後白河天皇は息子を天皇にし自分は上皇になりました。息子は「二条天皇」となりました。さて、、それで安泰かといいますと全くそうではなかったのだ。
後白河上皇には、僧侶でもあった信西(藤原通憲)というやり手の側近がおりました。彼の母さんは後白河上皇の乳母をしてまして、まあ、そんな関係からちゃっかり側近の座についてたわけですか、実際に仕事もできる人でした。この信西に何気に近づいていったのが例の、平清盛です。近づいて、信西に好かれるよう頑張るのでした。 すると、今度は、これを面白くなく思う方たちが現れます。保元の乱で後白河側について戦った源義朝と、後白河上皇の重臣である藤原信頼です。藤原信頼👨「なんだかなあ、、。信西なんか大した家柄でもないくせに、後白河上皇からやけに気に入られてるよなあ、、(●`ε´●)」

源 義朝「おいら、保元の乱であんなに頑張って勝利したのに、何で清盛ばかり出世するんだヽ(`Д´)ノ報われんよなホント、、🔥」←と、こんな感じです。面白くない想いを抱いていた二人は結束します。コソコソコソ👂。作戦を練り、平清盛が熊野参拝に出かけてる間に信西を捕まえて、死に追いやってしまいます。これが、平治の乱の始まりです。やれやれ、また乱か、、。結局、急いで熊野から戻った平清盛が挙兵し藤原と源を破り、 藤原頼信も源義朝も◯刑されてしまいます。

この、平治の乱で父とともに戦に初参戦したのが、源頼朝。
繋がりましたなあ。父はやられてしまい、頼朝も島流しになりました。が、その後の活躍は以前こちらのブログでも触れましたね。近づいてきた、、少しずつ鎌倉時代が近づいてきた、、。



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