少し偏った読書日記

エッセイや軽い読み物、ミステリやSFなどエンタメ系、海外もの、科学系教養書、時代小説など、少し趣味の偏った読書日記です。

公孫龍 巻四 玄龍篇

2025-03-07 13:44:08 | 読書ブログ
公孫龍 巻四 玄龍篇(宮城谷昌光/新潮社)

宮城谷氏の『公孫龍』は、第四巻で完結した。

なお、第三巻の末尾に「名家としての公孫龍」が登場したのは、主人公とは別人であることを示しただけで、第四巻では登場しない。

戦国時代末期。公孫龍は、表向きは商人として活動しつつ武力も蓄え、小国並みの勢力を築いている。

第四巻は、「和氏の璧(かしのへき)」のエピソードから始まる。公孫龍は趙の恵文王からの依頼により、使者として秦に赴く藺相如(りんしょうじょ)に同行する。

という具合に、義に基づいて趙や燕、周王室を助ける働きをする。作者は、その働きはあたかも、諸侯を扶助する王のようだ、と作中の人物に語らせる。

やがて、時代は動く。孟嘗君の死、燕の昭王の死、楽毅の亡命。孟嘗君や楽毅が弱国を助けて強国を討ち、諸国間の均衡を保っていた「大志の時代」が終わり、新たな時代へ。

公孫龍は、その時代を、歴史的な事実を曲げることなく、かつ、重要な局面で大きな働きをして、さっそうと駆け抜けていく。

そして物語は、彼が呂不葦の店を訪れる場面で終わる。




博士を殺した数式

2025-03-04 09:37:53 | 読書ブログ
博士を殺した数式(ノヴァ・ジェイコブス/ハヤカワ・ミステリ文庫)

主人公は書店の女性店主。天才数学者である祖父が自殺し、主人公あてに遺書が届く。それは暗殺者に殺されそうな状況で書かれ、ある方程式を、聞いたこともない人物に届けてほしい、との依頼が書いてあった・・・

祖父の死の真相と、方程式をめぐる謎を解明する物語。

物語は、主人公のほか、天才数学者の息子である物理学者と、主人公の兄の視点で語られる。3人とも、それぞれに困難な事情を抱えており、その成り行きも描かれるから、謎解きに加えて、かなり複雑なドラマ仕立てでもある。

感想を少し。

優れた頭脳を持つ一族も、それなりの苦悩を抱えている・・・

問題の方程式は一部示されるが、全体は最後まで明示されない。(実在する可能性はかなりあやしいが、フィクションの設定に細かく異論をはさむ必要もない。)

日本語タイトルは、明らかに小川洋子氏の『博士の愛した数式』に寄せている。(つねづね、翻訳本のタイトルは自由過ぎると思っている。)

原題は”The Last Equation of Isaac Severy”
直訳すれば「アイザック・セヴリーの最後の方程式」

最後に、暗号解読ミステリとしては十分に面白く、読後感も悪くない。


金庫破りときどきスパイ

2025-02-28 12:59:10 | 読書ブログ
金庫破りときどきスパイ(アシュリー・ウィーヴァー/創元推理文庫)

第二次世界大戦中のイギリスを舞台とするスパイもの。というよりは、素人がスパイ活動に巻き込まれるタイプのコージーミステリというべきか。

主人公は若くて美しい女性で、しかも金庫破りという設定。
それだけでも、いかにも、なのだが、他にもコージー感がたっぷり。

スパイにリクルートされる経緯が、いくらか安直。
取り扱われる機密が、いくらか陳腐。
恋愛小説か、といいたくなるほどの相手役とのかけひき。

にもかかわらず、すいすいと読めたのは、戦時下の緊迫感、主人公の生い立ちをめぐる謎、思いがけないアクションなど、読みごたえがあるからか。

いずれにしても気楽な読み物としてはお勧め。

第二弾がすでに出版されていて、そちらも読んだ。ストーリー上、続編があるはずだ。




余談だが、金庫破りが主人公のミステリとして思い浮かぶのは、

解錠師(スティーブ・ハミルトン/ハヤカワ文庫)
これはお勧め。読後感がよい。
貴志祐介の「防犯探偵・榎本」のシリーズ
これは私好み。この作者は、このシリーズしか読んでいない。

ららら星のかなた

2025-02-25 12:48:16 | 読書ブログ
対談集 ららら星のかなた(谷川俊太郎 伊藤比呂美/中央公論新社)

詩人二人の対談集。

対談が行われたのは2020年10月から2022年11月。(コロナ禍の期間中。)

本書が発行されたのが2024年9月。

そして谷川氏が亡くなったのが2024年11月13日。

伊藤氏が大先輩の詩人に聞きたいことを遠慮なく聞いている。詩の作り方まで聞いている。谷川氏は、答える必要のないことはさらりとかわしているが、たいていのことには正面から答えている。そのやりとりが何ともいえない。

達人同士の深みに達しているようでもあり、遠い異世界の言葉のようでもある。

いずれにしても、谷川氏の言葉には曇りがなく、思いをそのまま吐き出しているようでもあり、永い歳月の果てに結晶化したもののようでもある。

特に、自らの老いと死に対する想いは、ここで引用するのは差し控えるが、心にすっと入ってくる思いがした。

谷川氏のご冥福と、伊藤氏のさらなるご活躍を。

カレーライスと餃子ライス

2025-02-21 13:08:04 | 読書ブログ
カレーライスと餃子ライス(片岡義男/晶文社)

この人の作品は、2023年5月に『僕は珈琲』を紹介したが、その後、また面白いエッセイを見つけた。

二部構成になっていて、第一部のタイトルは「カレーライスは漂流する」。カレーライスを主題にした短いエッセイが46話収録されている。

カレーライスだけを主題とするエッセイ集は、作家やエッセイストよりはフリーライターという言葉が似合うこの人にしか書けないと思う。そして、この人らしく、カレーライスと珈琲は切り離せず、喫茶店のカレーライスが多く取り上げられている。

いずれにしても、自身の好みのカレーライスを思い出し、食べたくなること請け合いの文章。

第二部のタイトルは「餃子ライスはひとりで食べる夕食の幸せ」。

あとがきを見ると、第二部は一冊の本として出版するだけの分量を確保するために書き下ろしたもの。エッセイではなく短編連作。

主人公は27歳のライターで、神保町のほか、小田急線沿線を主な舞台に、小さな物語が進んでいくが、それを語ることが本筋ではなく、タイトルのとおり餃子ライスを各所で食べたり、テイクアウトしたりする。エッセイのような物語、といえばよいか。

この人の文章は、特定の時代の空気をまといつつ、今でも色あせることなくカッコよく乾いている。