少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

不完全性定理とはなにか<完全版>

2024-12-27 13:28:01 | 読書ブログ
不完全性定理とはなにか<完全版>(竹内薫/BLUE BACKS)

竹内薫氏が不完全性定理について解説したブルー・バックス。

2013年に同じタイトルで出版されたものを修正し、完全版としたもの。内容は、ゲーデルの不完全性定理と、それと同等の意味を持つチューリングの停止問題について、その証明を要約したもの。読者の見通しをよくするため、論理の道筋をいくつかのステップに分けて説明するなど、さまざまな工夫をしている。また、別の理論に基づく簡潔な証明も紹介している。

しかし、そのためにこれまでより理解が進んだ、とは思えない。著者がいうように、完全な理解のためには、より詳しい本を精読するしかないのだろう。個人的には、不完全性定理については次のことを承知していれば十分だと思っている。
1 特定の形式体系においては決定不能な命題が存在する。
2 その証明は一種の対角線論法である。
3 不完全性定理は、確実に正しいことなど何もないという意味ではない。

すでに何冊か類書を読んでいるが、あえてこの本を読もうと思ったのは、「数学宇宙仮説」について言及した部分があると知ったから。

この宇宙そのものが一種のコンピュータ、あるいはシミュレーションではないか、という考えがあるが、さらに進んで、宇宙は数学そのものだ、という議論もある。

著者はブライアン・グリーンの『隠れていた宇宙』を引用しつつ、宇宙のシミュレーションと不完全性定理の関係について私見を述べている。(考察というよりは感想レベル)

私は既読の『隠れていた宇宙』の第10章と第11章を読み返した。インフレーション多宇宙、ブレーン多宇宙、ランドスケープ多宇宙などさまざまな多宇宙の先に、存在する可能性のある宇宙はすべて実在する、という究極の多宇宙が示されており、その中で、不完全性定理との関係も記述されていた。(10年以上前に読んだが、よく理解できないまま忘れていた。)

今回の教訓。
十分に理解できない本は、時に再読する必要がある。

明智恭介の奔走

2024-12-20 14:36:14 | 読書ブログ
明智恭介の奔走(今村昌弘/東京創元社)

この作者は『屍人荘の殺人』シリーズで有名な方だが、私は未読。まずは、短編集から試してみることにした。

主人公は『屍人荘の殺人』に登場するらしい明智恭介。それ以前の活躍を描く、という趣向のようだ。

主人公は探偵にあこがれる大学生で、探偵事務所でバイトしたり、探偵愛好会会長の名刺を配り歩いている。そのような中で出会った5つの事件を描いており、犯罪に該当する事件がないわけではないが、どちらかといえば日常の謎。探偵としての修業時代、という感じか。

短編集としては少し謎が複雑かなと思ったが、全体としては軽くすいすいと読むことができ、期待どおりだった。

五編のうち1作は、他作品と少し風合いが異なるが、読んでみると、かつて若竹七海氏が提供したリドル・ストーリーへの回答になっていることに気づいた。(これを読んですぐに事情が分かる人にとっては、ネタバレかもしれません。すみません。)

第一弾、とあるから、このシリーズの続編は読んでみたい。が、『屍人荘の殺人』のほうは、私の偏った好み(ホラーは読まない、悲惨な話は嫌い)には、あまり合っていないような気がする。

余談だが、今回は5週前に紹介した『処刑台広場の女』の続編である『モルグ館の客人』(マーティン・エドワーズ/ハヤカワ・ミステリ文庫)を紹介する予定だった。

前作と同様、若くて美人で金持ちでミステリアスな女性を主人公とするサスペンス・スリラーとして、十分に楽しめる作品。

しかし、ある事情で、この作品を取り上げようとすれば、巻末に掲載された「手がかり探し」に言及せざるを得ず、成り行き上、どうしても深刻なネタバレを避けることができない。

ということで、読了の報告にとどめておきたい。あしからず。






蠟燭は燃えているか

2024-12-13 13:13:59 | 読書ブログ
蝋燭は燃えているか(桃野雑派/講談社)

2023年3月に紹介した『星くずの殺人』の作者の新作。


前作の続編。というか、前作の型破りな登場人物「真田周(さなだ あまね)を主人公とする、新たな事件、というべきか。

主人公は、前作の事件後、脱出ポッドから音楽の生配信を行う。それは多くの注目を集めるが、殺人事件が明らかになると、不謹慎だとして大炎上する。

そのような設定から、京都を舞台に物語が始まる。

過酷な物語である(そういう意味では、おススメできない)。あえて紹介する理由は2つ。

近未来という設定だが、「現代」が孕む危うさを、鋭く描き出している。SNSの炎上をはじめ、さまざまな差別や誹謗中傷などなど。それらを背景に繰り広げられる事件のHOWとWHYのスケールが、前作と同様、非常に大きい。(この作品に責められていると感じる人にとっては、読みたくない本だろう。)

もうひとつ。主人公の話すテンポのよい京都弁がおもしろい。「知らんけど」のニュアンスを説明している部分があるが、ネタバレにはならないので引用させてほしい。

「私はこう思っていますけど根拠があって言ってるわけではありませんのであくまで一意見として聞いていただきエビデンスが必要な場合はご自身でお調べください」

ネイティブな話者ではないので正解かどうかは知らないが、納得はできる。

そして、前作に引き続き、本作でも、印象的な末尾を引用したい。

二人の声が静かにハモる。
「「知らんけど」」






案山子の村の殺人

2024-12-06 12:43:22 | 読書ブログ
案山子の村の殺人(楠谷佑/東京創元社)

今年4月に『ルームメイトと謎解きを』を紹介したが、初見の作家さんだったので、他の作品も読みたいと思って見つけた一冊。

主人公は二人組の推理作家。ペンネームは作者と同じ「楠谷佑」。この設定は、エラリー・クイーンや有栖川有栖を想起させる。実際、一人称の「僕」は、ミステリオタクという設定。

二人は大学生で、同じ家に住む従兄弟同士。相棒がプロット担当、主人公が文章担当。作品中の推理も相棒が中心だから、主人公はワトソン役、というところか。

二人は取材のため、案山子だらけの村に出かけて、殺人事件に遭遇する。ボウガンを使った不可解な殺害方法。積雪による殺人現場と村全体の密室化。そして、解決編の前に提示される、作者から読者への挑戦状。

いかにも、な本格推理。ということで、本筋とは関係のない感想を少し。

かかしで有名な村は、徳島県に実在する。

架空の大学名が3つ出てくるが、どの大学かは、わりと簡単に推測できる。(どうでもいいことですが。)

作者からの挑戦状に対して、挑戦しようとは思わない。自分で謎解きするのではなく(実際、当たったことはない)、作中の謎解きを楽しむことにしているので、躊躇なく次のページをめくった。

厚めの本だが、気持ちよく読めた。「シリーズ第一弾」とあるので続編を楽しみにしたい。

狙われた英国の薔薇

2024-11-29 13:00:13 | 読書ブログ
狙われた英国の薔薇(ジェフリー・アーチャー/ハーパーBOOKS)

ジェフリー・アーチャーの警察小説の第5作。今作では、警視として王室警護を担うことに。

主人公ウィリアム・ウォーイックのチームは、特命により王室警護本部に配属され、内部にはびこる不正を暴くよう求められる。時を同じくして、元囮捜査官のロス・ホーガン警部補は、ダイアナ皇太子妃の専属身辺警護員に任命される。

これまでの作品を通じての仇敵である絵画泥棒(マイルズ・フォークナー)は刑務所の中だが、刑期を短縮するために、あれこれと画策する。そして、フォークナーの妻クリスティーナ、悪徳弁護士ブース・ワトソンも、それぞれ独自の思惑で行動する。(この3人は、話の流れから次作以降も登場するのは間違いない。)

そうこうするうちにテロの兆候があきらかになり、タイトルが示唆するとおり、ダイアナ妃にも危険が迫る。

感想を少し。

ダイアナ妃の行動にはハラハラさせられるが、作者によれば、本物の彼女らしく描けた、とのこと。

これまで、原題はすべて慣用句だったが、今回の原題は
NEXT IN LINE  直訳すれば「次の順番」
次の王妃になる人、という意味合いなのか? 

テンポよく、気軽に楽しめる作品。本国ではすでに第6作、第7作が刊行され、作者は第8作を執筆中、とのこと。(訳者の奮闘を期待したい。)