あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット/東京創元社)
原題は“The Secrets We Kept”
原題の意味合いは、プロローグに書かれている。CIAで働くタイピストたちは、タイピスト以上の仕事をすることもあったが、その秘密をきちんと守った。
日本語タイトルは、いくらか斜め上の気もするが、文句をいうつもりはない。「あの本」がソ連の作家ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』であることは、早くに明かされる。
1950年代後半、冷戦まっさかりの時代に、CIAが1冊の本を武器にソ連に作戦を仕掛けた、というのは実際にあったことらしい。それを題材に、女スパイたちのドラマを描いたもの。
大半が一人称で記述されており、最初のうちは、章によって視点が変わっていることにとまどうが、各章のタイトルが人物を表していることに気づくと、一気に読みやすくなる。
スパイ小説というよりは恋愛小説ではないか、という感想もありうるが、やはり新機軸のスパイ小説として評価したい。決してシリーズ化できない作品だと思うが、本来、スパイ小説はシリーズ化するのが難しい。ジョン・ル・カレの、あのシリーズは稀有な例外であり、たいていは、内部の裏切りや組織へのダメージなどにより、一貫性のある話を継続するのが難しくなる。(007は作品ごとに主人公も設定も変わり、継続性を維持するフリさえしていない。まあ、あの作品の性質上、非難すべきことでもないが。)
東側の国民弾圧の過酷さや、西側のこの時代の偏見など、心が痛む描写もあるが、物語に欠かせないパーツとして組み入れられている。読み進めるにつれてページをめくる勢いが増す。ハピーエンドとはいえないが、読後感は必ずしも悪くない。
原題は“The Secrets We Kept”
原題の意味合いは、プロローグに書かれている。CIAで働くタイピストたちは、タイピスト以上の仕事をすることもあったが、その秘密をきちんと守った。
日本語タイトルは、いくらか斜め上の気もするが、文句をいうつもりはない。「あの本」がソ連の作家ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』であることは、早くに明かされる。
1950年代後半、冷戦まっさかりの時代に、CIAが1冊の本を武器にソ連に作戦を仕掛けた、というのは実際にあったことらしい。それを題材に、女スパイたちのドラマを描いたもの。
大半が一人称で記述されており、最初のうちは、章によって視点が変わっていることにとまどうが、各章のタイトルが人物を表していることに気づくと、一気に読みやすくなる。
スパイ小説というよりは恋愛小説ではないか、という感想もありうるが、やはり新機軸のスパイ小説として評価したい。決してシリーズ化できない作品だと思うが、本来、スパイ小説はシリーズ化するのが難しい。ジョン・ル・カレの、あのシリーズは稀有な例外であり、たいていは、内部の裏切りや組織へのダメージなどにより、一貫性のある話を継続するのが難しくなる。(007は作品ごとに主人公も設定も変わり、継続性を維持するフリさえしていない。まあ、あの作品の性質上、非難すべきことでもないが。)
東側の国民弾圧の過酷さや、西側のこの時代の偏見など、心が痛む描写もあるが、物語に欠かせないパーツとして組み入れられている。読み進めるにつれてページをめくる勢いが増す。ハピーエンドとはいえないが、読後感は必ずしも悪くない。