少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

街とその不確かな壁

2023-09-08 20:55:19 | 読書ブログ
街とその不確かな壁(村上春樹/新潮社)

村上春樹の最新作。ようやく借りられた。

いくつかの感想。これはいつも思うことだが、村上氏の非現実を含む作品を「ファンタジー」と呼ぶことに違和感がある。魔法などが出てこなければファンタジーではない、という狭量な考えはないが、非現実がすべてファンタジーではない。「寓意に満ちた物語」で十分だし、本人も使ったことのある「奇譚」の方が似つかわしい、と思っている。「村上奇譚」。

これまでの作品で描いてきたものを、精巧に組み合わせてとびきりの物語に仕立てた作品、といえばよいか。影のない人間が住む閉ざされた街。理不尽な別離。穴を通じての空間転移。寓意的世界の案内者。などなど。(逆に、当然あるかもと思った場面が、今回はでてこない。)

主人公の年齢は、最初は17歳、次の局面では45歳だ。その年齢設定が絶妙だと思う。長編小説の中で、17歳は『海辺のカフカ』についで若い。一人の異性を深く愛することのできる年齢。45歳は最年長だ。越し方を振り返り、行く末を案じ始める年齢。

物語は、円環が閉じるように鮮やかに終局にいたるが、読んでいる途中、ずっと気になっていたことがある。現実世界の16歳の少女はどうなったのか、と。

作中でほのめかされているように、現実は、ただひとつではないのかもしれない。別の時空での別の人生というものがありうるのかもしれない。だとすれば、第二章の終りに描かれた、瞬間に閉じ込められた極小の空間は、作者なりのひとつの答えなのかもしれない。

実は、この作品を読んで強く連想したのは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』ではなく、『ノルウェイの森』だった。

私にとっては、「時間と空間と魂のあり方」をめぐる物語だった。極めて個人的な感想ではあるが。

「版元ドットコム」で書影が使用不可なので、猫画像を。


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