7月の終わりの数日は、すごーくしんどかった。
人間関係のせいで。
でも、その中で分かったのが、
1、ほどほどの親切がわからない私
2、正義感に逆に苦しんでる私
やれやれ(ーー;)
ほどほどの親切は体験して体得するしかないと思う。
正義感に苦しんでいることについては、以前心屋さんの本で、ひっくり返すの技(?)について書いてあったのを思い出したので、それを実践。
私の場合、ひっくり返すとこうなる
弱いものいじめをしてもいい。
人を怒鳴ってもいい。
仕事のためならそれら↑をしてもいい。
正義感て結局、人の数だけあるんだな。
そういえば、タバコの吸い殻をポイ捨てしている人を「◯ねばいいのに!」くらいの勢いで批判する知り合いがいますが、
対して私は、マナーがなってないねーーくらいにしか思わなくて、
それだけとっても、人の価値観とか正義・信条・思い込みって千差万別。
それが作られるのって、その人の体験してきたことが元になって出来上がってきていると思う。
タバコのぽいすてが許せない私の知り合いは、もしかしたら過去に自分がタバコのポイ捨てをしてしまったときにトラウマになるほどメチャクチャ怒られたのかもしれないし、
子供のときにポイ捨てした人がすごく避難されたのを目撃したせいかもしれない。
だから、前述のように
弱いものいじめをする人
すぐ怒鳴る人
に、過剰に反応する私にも、何かあるんだろうなと思う。
ちょっと話はずれますが、
今日は通帳記帳をしてきたのですが、
全財産10,000円切ったぜ!
ワイルドだろ~( v^-゜)♪
というノリでいれたら気楽なのですが、
その時の私は
「どうせ私なんか・・・」
と思いました。
まあ、普通の人ならそう思うよな、と思ったものの、
部下に裏切られて事業が失敗し、自己破産して借金の取り立てやにも追いかけられるようなことになった人が
「まあ、しょうがないよな」
と思って、新しく一から起業して年商ウン億円の会社社長になった人の話を思い出すと、
誰もが私の状況で、「どうせ私なんか・・・」と思う訳じゃないんだなーー。
どうせ私なんかと思う私の中には何があるのか。
そんなことをふと思ったのは、この前1000本ノック一言メッセージを頂いた白神美鳥子さんのブログでこんな記事が上がってたから。
もうずいぶん自分と向き合ってきた気がするけど、
癒しきれていな過去の傷がまだあるのだなーーー。