で、さらに
前記事の続き
子供に真剣に向き合ってないというところに、グサッときて
掘り下げてみたところ出てきためんどくさいこと↓
子供の将来の心配(進学とか就職とか)
ご飯の支度
食器の洗い物
洗濯
どうせ言うこと聞かない
洗濯
どうせ言うこと聞かない
一番上と一番下がなかなかくせ者が出たなーと思いました。
それもさらに掘り下げて考えてみました。
子供の将来の心配
進学とか就職とか・・・。
子供がもうちょっと小さいときは、外に出しても恥ずかしくないしつけの心配もありました。
そう言えば、子育てがしんどいと思っていた時期、「子供にエネルギーを吸いとられてしんどい」と思っていました。
ちょっとスピリチュアルな話になりますけど、エネルギーを吸いとる「エネルギーバンパイア」っているらしいのですが、
結局は、自分がエネルギー渡しちゃってるそうです。
それを思うと、決して子供にエネルギーを吸いとられていたのではなく、
私が子供の将来や世間での見られ方を心配して、勝手にエネルギーだだもれさせていたと言うことになるみたいです。
子供を信頼の目で見ていられたら、私自身がエネルギー不足になることもなく、子育てももっと楽だったのかもしれません。
でも、信頼するって難しい。
信頼と期待は違うし・・・。
不登校になったり、お友だちとうまくやれなくて泣いたり、勉強しなかったり、
そんな姿を見ていたら、信頼なんてできない。
不安にしかならんよねーー。
私が長女を出産したとき、将来子供に
「こんな辛い世界に私を産むなんて」
ってなじられたらどうしようって思った事があります。
つまり、私自身が世界は辛いって思ってるのに、その上心配要素の多い子供だったら、ますます不安だよね。
そんな中、よくやってきたな、私( ̄▽ ̄;)
だけど、長女を産んだ20年前より
長女と次女が不登校だった10年前より
離婚した1年半前より
断然、今、私、幸せ(*´∇`*)
って思えてるから、
子供たちも、5年後、10年後と、幸せになっていくんじゃないかな。
きっと、人との出会いや、何かのきっかけで、ころっと変わったりするんだよ。
余談ですけど、
長女と次女が不登校だったとき、学校に行くきっかけを作ったのは、私じゃなかった。
ついこの間まで三女も2ヶ月ほど不登校していたけど、登校のきっかけを作ったのも、私じゃない。
学校に行くのがいいとか悪いとかじゃなく、何かのきっかけを作るのは、私じゃない。
不安から子供にあれこれ言う私は、子供にいい影響を与えられていなかったんだよね。
良くならないから、なおさら子育てに疲れるんだよね。
まあ、それはともかく、そんな私がいても、子供にちゃんと、きっかけとか、何らかの出会いとか起きてるわけだから、
そういった意味でも子供の生きる力を信じてもいはず。
まだ産まれて、10年とか、20年とかだもん。
色々失敗しちゃったり
悩んだり
するよねーーー(*´∇`*)
私も10代20代は、人の目を気にしすぎてしんどかったもん。
親のことも恨んでたからしんどかったもん。
なんか色々ここまで書いてきたけど、
心配しても疲れるだけで、子供も私も楽しくないってことかな(*´∇`*)