解決策は異なりますが、日本の政治経済に関する分析、認識には同意できます。安倍の経済政策、政権運営で日本の問題が解決するはずは無く、むしろ、問題が一層複雑で、閉塞状況に陥ることは確実です。中長期的な視点で、政策課題を検討し、実施しない限り、短期対策の連続で、問題点を解決できません。
格差の拡大、貧困層の増加はあらゆる政治経済問題を引き起こしています。失業者、低収入、低所得は生活保護世帯の激増、社会保障に関する財政費用を常に増加させる作用を果たしています。本来企業が賃金として負担しなければならない費用を、国税で負担しているわけで、2重3重に企業の社会的責任は回避されています。また、正規労働を減らし、非正規労働、派遣労働の拡大により人件費の際限ない切り下げを企業にもたらしています。その結果、低所得層の激増、中産階層の激減をもたらしました。その結果、消費の減少、税収の減収に見舞われ、税収の低迷と減少に見舞われています。
大手企業の優遇策としての法人税率の引き下げは、財政再建を一層難しくし、企業の社会的な責任を免罪しています。その結果、企業は内部留保を増やし続けるだけで、なんら、社会に還元を行っていません。このような国、政策は異常です。このような異常な経済政策と、税制をただし、変更しなければなりません。
<毎日新聞>この国はどこに行こうとしているのか
巨大与党の下で 経済学者伊藤光晴さん
○戦後の自由を諦めない 伊藤光晴さん(87)
「心拍数が40程度で、成人男性の正常値の半分程度しかない。主治医からは『いつ倒れてもおかしくない』と言われているのです」
87歳の経済学者はこう語りながら、ゆっくりと肘掛け椅子に腰を下ろした。自宅2階の書斎。窓から冬の陽光が差し込んでいる。2012年2月、心筋梗塞(こうそく)で倒れて約1カ月、東京医科歯科大病院に入院。長時間の手術に耐えて生還した。今は体調を気遣いながら「人生最後の論文を執筆している」という。
「安倍晋三首相は強い経済を取り戻すというが、まだほとんど何もやっていませんよ」。A4のメモを左手に持ちながら話を続ける。論点をまとめてくれていたようだ。「経済学者は現実に弱く、エコノミストは経済理論に弱い。だから誤った政策を批判することができない」。そして一段と語気を強めた。「日本経済は二つの大きな病にかかっている」
二つの病とは何か。
一つは国民が税負担を重いと感じていることだという。租税の負担感の国際比較を示した表をテーブルに置いた。日本の国民所得に対する税の割合は、先進国では低い。だが「高所得者は軽いと思う人が多いが、中所得者、低所得者は税負担が『重い』と感じている。つまり国民は税を負担してもそれなりの報いがないと受け止めているのです」。
この意識が影響して、減税を訴える政治家は当選し、税負担を主張する政治家は落選する。安倍首相も消費増税の延期を訴え、昨年の衆院選で勝利した。「日本は財政再建が必要なのにもかかわらず、安倍政権は人気取りのために法人税減税を実行しようとしている。財政が好転しなければ、アベノミクスの『第二の矢』である公共投資は続けられるわけがない」
第二の病は、非正規社員が増加し続けている点だと指摘する。「高度成長期に問題になったのは二重構造、つまり近代的な大企業と古いタイプの中小企業との賃金格差などでした。現在は非正規社員が増え、大企業内部にも格差が生じている。これでは生活が改善するはずがない。安倍政権は雇用が増えたと言っていますが、非正規が増え、正規が減っているのに格差を埋める政策を考えていません」
さらに「一定給与以上の正規社員については労働時間が長くなっても残業手当を支払わなくていい労働市場を目指している」と批判する。「これほど働く者のことを考えない政策を推進する内閣は戦後にありましたか?」。目を覚ませ、と言わんばかりの強い口調で語り続ける。
二つの病への処方箋も考えず、アベノミクスが成功しているかのように振る舞う政治家に怒りを感じている。
“治療薬”はあるのか?
「国民が抱く税の負担感を軽減させるとともに、国債発行に頼らずに予算編成ができるようにしなければならない。それには脱税と租税回避を減らし、年金受給者を含め皆に税金を納めてもらい、皆が恩恵を受ける普遍的な社会制度を構築する必要がある。所得税は事実上、サラリーマン税になっており公平さを欠いている。納税者の誰もが老後や、教育、医療などの分野で恩恵を受けられるようにすれば、税の負担感は軽くなります」。参考になる国は例えばスウェーデン。税負担と社会制度の両輪がうまく回る国を目指さないと日本は立ち行かなくなると力説する。
安倍政権は盛んに株高を強調する。確かに日本株は民主党政権下よりも上昇。日経平均株価は12年11月中旬(8600円台)から上昇に転じ、昨年12月30日は1万7450円と2倍になった。
「株高は外国人投資家が、分散投資の観点から買い越しに転じたのが理由。自民への政権交代やアベノミクスとは関係がない。安倍首相は『成功している』と繰り返すが、うそは繰り返されると、みんな本当だと信じてしまう。もうそろそろ安倍政権が宣伝する幻想から私たちは解放されなければならない」。昨年7月に出版した「アベノミクス批判 四本の矢を折る」(岩波書店)は、現在は第7刷となった。国民もおかしいと思い始めている証左なのか。
最も懸念するのは三本の矢ではない。「戦後の政治体制を改変することが安倍首相の真の目的。これが隠された『第四の矢』です。私は戦前の社会を見ているからこそ危険性が分かるのです」
安倍内閣は特定秘密保護法を成立・施行させ、閣議決定で集団的自衛権の行使を容認した。今年は安全保障関連の法整備を進める。一連の政策には「戦争ができる国への転換」との批判が根強い。13年12月には首相自らA級戦犯が合祀(ごうし)された靖国神社を参拝した。
「安倍首相は祖父の岸信介元首相は正しかったと信じ切っている。そして岸氏の盟友、東条英機元首相ら戦前の指導者の名誉を回復させたいと願っている。『戦後レジームからの脱却』を唱え、憲法を改正し、国家間の紛争解決のため武力を使う戦前のような日本を再び築きたいと考えている。なぜか? 要は歴史を学んでいないからです」
自身は17歳で終戦を迎えた。「国民は家の中で『ばかな戦争』と批判しても、表立って戦争反対と訴えた人は少なかった。今の自民党内の現状と似ています」
電気事業審議会委員や国民生活審議会委員を長く務め、東日本大震災前に福島第1原発も歩いた。研究室からは見えない「現場」で、現実と切り結んできた自負がある。
「安倍首相の誤った政策に対して誰も何も言わない、怒らない。私のような批判的な意見を掲載する新聞社も減った。この国は行き着くところまで行かないと正常に戻らない。愚かな戦争も表向きは国民が賛成し、協力した。国にブレーキを掛けるのはとてつもなく難しい」。ブレーキが掛からない様は原発再稼働問題にも見える。「再稼働させれば放射性廃棄物がたまり過ぎて必ず対応できなくなる。その時、初めて原発の愚かさに目覚める」
日差しが傾き始めた。「ではこの先は戦前のような暗い社会になる、と」と尋ねると意外な答えが返ってきた。「実は好機でもあるのです」
「政権が明確に右傾化を進めようとすれば、引き戻せるギリギリのところで抵抗する人々がきっと立ち上がる。例えば谷垣禎一幹事長は心の底から本当に安倍首相に賛成しているのだろうか。国民全員が戦前の社会を望んでいるわけではない。戦前回帰の動きと戦後の自由な社会を守る動きが対立し、はじめて社会は正常に戻る。私は諦めていません」。真っすぐこちらを向いた丸顔は赤みを帯びていた。
暮れ始めた冬空は雲が一つもない快晴。「諦めない」と言い切った老学者の生き方のように。
■人物略歴
◇いとう・みつはる
東京都生まれ。東京商科大(現一橋大)卒。京都大名誉教授。理論経済学、経済政策専攻。著書に「現代に生きるケインズ」「日本の伏流」など多数。