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※画像はネット上からお借りしています。
青年団現役の頃は、平和問題への取り組みを自分のテーマとしていました。
県や市の平和集会には必ず参加。
広島・長崎の平和集会にも一度は参加したいと思ってた。
広島・長崎の平和集会にも一度は参加したいと思ってた。
もう20年も前の話に成りますが、川越の甥っ子が水疱瘡にかかり、看病に母を連れて行った。
翌日に、市の平和集会が有ったので、私は母を置いて仮眠だけしてとんぼ返りで戻って集会に参加した。
それから約一週間後に私は広島の平和集会に仲間と一緒に参加することに決めていた。
一週間後、何かだるいなーと、何か熱っぽいなーと・・・
38度越えてましたね確か・・・
体には小さい水ぶくれが・・・
「やべー、伝染っちゃったよ・・・」
でも、発熱したのは広島に向けての出発の日。
バファリン飲んで、行きましたよ。
金の無い仲間達。
交通手段は、レンタカー・・・片道1200キロは有ったかな?
6人の仲間が交代交代で広島に向かう。
ノンストップで走っても、片道16時間は掛かりましたね。
食事とるとき意外はずーっと走ってる。
おまけにその頃は北陸道がまだ繋がってなくて、一般道も走らなくちゃいけなかった。
仲間に熱があることは内緒にしてた。
ちょっと熱がでてくるとバファリンを飲む。
広島に着いた当日は、全国から集まった青年団の仲間と話し合いやら交流した。
ただ、宿が雑魚寝で暑くて寝られない。
一緒に行った仲間と抜け出して、ちょっと一杯やって、今で言うスーパー銭湯にそのまま泊まった。
これはこれで、私は寝られない。
いっそ、車の中で寝たかった。
翌日、平和集会に参加・・・
原爆ドームを目の当たりにし、流れる本安川に被爆者が累々と倒れていたことを想像し、
資料館の展示品に原爆の恐ろしさを感じてきた。
黙祷ささげ、被爆者の冥福を祈り核兵器の廃絶を祈った。
バファリンで熱は抑えてるものの、体はそうとうきつかった。
平和集会参加当日に水疱瘡。抑えてても高熱と体の、小さいけど水ぶくれ・・・
これはもしかしたら神様が「すこしでも、被爆した人の苦しみを味わえ。」って啓示だったのかな?と思う。
集会の参加が終わって、「さあ帰ろう!」しかし、あの道のり・・・
1200キロ16時間・・・
泣きたくなりました。
泣きたくなりました。
何とか帰ってきて、すぐさま病院。
「水疱瘡に効く薬って無いんですよね。風邪と同じですから・・・」ってお医者さん。
そのまま、盆休みまで私は寝込んでしまいました。