やっとの思いでゲットしました。
ヤマハ L53カスタム
1970年代を代表する、国産トップギターです。
当時のレコードなんかでは、本当に良く聴かれたサウンドですね。
で、写真をアップする前に、うんちくを(笑)
アコースティックギター(フォークギター)と言えば
まずMARTINは言わずもがなですが、追ってGIBSON
そのうしろにGUILDあたりがメジャーでしょうか?
OVATIONはもっとずっとあとなので、ここでは省略
日本では、ほとんどのミュージシャンたちが、マーチンやギブソン(12弦はギルド)をこぞって使っていたのは言うまでもありません。
が、日本製は?
1970年代後半あたりから、一気にヤマハが使われ始めます。
そのきっかけが、このヤマハ L53カスタムの登場なんですね。
もっとも最初は「なんやこのえげつないインレイとシャカシャカな音は?」と不評だったそうで。。。
はっきり言って私もあまり好きではありませんでした。
買うなら前モデルのL31って思っていました。
もっとも学生の身分ですから、買えませんし、どうせ買うなら
マーチンD45でしょ!!!
音よりも材質よりも、あのインレイが良かったのです。
よく、インレイを嫌う人がいますが、そもそも人間は装飾を好む生き物、
寂しいからネオン街、トラック野郎のギンギラ電飾、化粧にマニキュアに毛染め、時計に
指輪にネックレスなど・・・
フォークソングのルーツはカントリーミュージック、つまり田舎のお祭りソングなんですよね。
着飾ってみんなでダンスなどのお祭りを楽しむ、そんな中、そっけないギターに装飾を施すアイデアは必然的に生まれたと推測できます。
さて、その当時は、銀座ヤマハホールの2階だっけかな?
うろ覚えですが、ヤマハのギターが惜しげもなくほぼ全種類が飾ってありまして、
しかも最初は弾き放題?
L53とL31も弾かせてもらった記憶があります。
ついでにマーチンD76も!
L53とL31は、マーチンに比べ異常に重かったです。
音は・・・覚えていません。。。
のちに、高級機はすべてショーケースに入ってしまいまして、弾けなくなってしまいましたが。
話を戻しまして、昭和51年(1976年)ごろの記憶をたどりながらのお話しを続けます。
L53は1975年暮れからと記載がありますが、実際に私が知ったのは、当時の人気フォークグループ
「グレープ」の吉田正美が1976年3月の解散コンサートで使っていたことからです。
(写真で知ったのですが)
さだまさしが全面にでていたグループなのですが、ジャズを好んでいた私にとっては、珍しく吉田正美の隠れファンでもありました(笑)
このギターから次の再開までは、ずーーーーーーーーーーーっとあとでして
2000年、おりしもミレニアムで沸く世の中でしたが、私は「ここらでまたギターでも始めっか?」なんて思ったのであります。
そこで、1980年から20年ぶりくらいでしょうか?
御茶ノ水へ足を運びました。
いやーそのなつかしさったら、たとえようもないのですが、
とにかく「血が騒ぐ」?みたいな。
海へ行くと、砂浜前の道を歩いていくうちに潮風の独特の匂いってあるじゃないですか、
楽器屋さんにもそれと同様に、独特の臭いがありまして、ふと学生時代に戻った気分でした。
黒沢楽器の中古「セカンドハウス」へ入ると、いきなりL53のぶっ壊れた?と言うか、リペアだらけのボロボロなのが、なんと
38まんえん!!!
たっけ~~
まあ、色々見回して、結局フォークではなくクラシックを買って帰ったのですが。。。
(L53がボロでも買っておけばと後から後悔したのは言うまでもありません)
それから、日を追うごとに「あんとき買っておけば・・・」がどんどん強くなるわけでして。。。
ネットでの相場では、少し前まで60万円くらいが最高値だったのですが、高く売れると思うと、次から次へと市場に出回ってきまして、一時は下がったのですが、ここで問題が・・・
みなさんお勉強されて、初期物がてんで出なくなってしまったってことです。
当然ですが。。。(あとで解説)
昨年暮れには80万程度だった(それでも高い)前期L53ですが、今年に入ってから異常な高値が続いていまして、結局最近では126万円なんて値段で売れていました。
なんで前期が良いのかはほとんどの方が知っておりますので省きますが、
実は私なりに調べた木材のからくりもあります。
L53は1975年から1981年ころの(これ以降は無視します)スペックは、トップエゾ松、バックハカランダになっておりますが、なぜトップにエゾ松と表示しているのにバックはハカランダ?(エゾ松は固有名詞、ハカランダは俗称)
ワシントン条約のお話しをしますが、まずそもそもワシントン条約に正式に日本が加盟したのは1980年です。
署名はもっと前ですが、実施はそこからとなります。(準備期間がある)
ハンコの材料、象牙やべっ甲の櫛などが社会をにぎわせたのも知っているかと。
そして世界から避難されたことも。
実際には、当時日本は署名してはいたものの、まだ加盟してはいなかったので、そういった国を経由して買っていたわけです。
木材もこれとまったく同じで、これほどまでに日本に「ハカランダ」なんていう俗称の木材が氾濫したのも、ワッシントン条約で規制が始まり、生産国が完全にシャットアウトしたため、その前(ブラジルも1975年以前は伐採後の木材は販売していたらしいい)に儲けようとした日本と部外国が、ブラジリアンローズウッドだけではなく、ココボロやマダガスカルなどを含め「ブラジル産ローズウッド」として販売したため、こんなんなってしまったと推察できるわけですし、そういった事情があったから輸入できたのだと思います。
マーチンの1968年(69年初め?)は間違いなくブラジリアンローズウッドであります。
これがスタンダードとなっているわけですが、マーチン社のコピー物を作っていた日本も、スペックで、上位機種はブラジリアンローズウッドとしたいところですが、すでにそんな材料は無い!
まあ、それで俗称「ハカランダ」に手を付けたともいえます。
1978年当時トーカイのキャッツアイなんかは、木材も生産国と同じ仕様にしていましたので、
まだ加盟していないのを良いことに、ひっそりと隣国から輸入していたのかな?と思って見たり。
ワシントン条約では、輸出入国どちらかが加盟していれば、輸出入できませんが、(輸入すると密輸)両方加盟していなければ、名目上は問題ありません。
(海外からバッシングくらいますが)
それと、日本国内で出回っている中で、実際にブラジリアンローズウッドである可能性が高いのは??
ぶっちゃけ、柾目バリバリはどれも違う気がします。
理由は簡単、そもそも日本なんて、楽器の木材でブラジリアンローズウッドが良いなんて思ってもいなくて(と言うか、インドローズでも変わらない)究極を突き詰めれば多分良いだろうくらいでしょう。
クラシックギターやっている人を見れば分りますが、ハカランダにこだわる人ってあまりいない気がします。
ハカランダはブラジル産ローズウッドの総称(俗称)であり、ブラジリアンローズウッドは固有名です。
このあやふやさなんかも、日本ではどっちでもどーでもよくって(だからヤマハだってハカランダっていまだに記載している)嘘ではなく、より高く売れる方法として使っている気がします。
ギター用の柾目板は木の根に近い方でしか取れない(取りにくい)ので、マーチンは残りは他に回していたか、転売していたと思うのです。
木の先端に行くにつれて細くなりますので、幅広の柾目どりなんて不可能ですので、板目とりとなります。
原産国がシャットアウトしているのに、70年中期以降に太い原木がそのまま残っているのは考えにくいですが、端材でしたら、他国から輸入できたと思うのです。
1976年から(75年11月から)出ているヤマハL53は、なぜか初期は板目が多く、1978年以降は柾目材が多く使われていること、(ちゃんと調査したわけではありませんが・・・)こんなところからも、L53初期の初期はブラジリアンローズウッドの可能性が高くなると思っております。
もっとも、戦後の日本は、材料よりも「腕」でなんとかしていた職人気質が問われる時代ですから、あまりこだわらなくても、どのみち世界のトップに君臨できる良い製品であることには違いありませんが。
まあ、こんな意見もあるさくらいにとどめておいてください。
さて、今回届いたブツは
待ってました、1976年製!!!
まずは、ブラウンのカスタムハードケースから
そして中身
ジャジャーン!!
待ちに待った恋い焦がれたL53の1976年製!
しかもワンオーナー品
手間がかかりすぎて、その上に評判がイマイチでやめたバイアスインレイ
ヘッドのインレイ、旧TM50Gの四角いペグ
40年の歳月が物語る、褐色に変色したアヴァロンインレイ(金色に輝いています)
ハカランダ(多分ブラジリアンローズウッド)のバック、サイドにセンター黒檀(これもすごいですが)です。
当時、親に買ってもらったモーリスのギターケースに、憧れのL53の当時のカタログを切って貼っていました。
やっと本物が我が家に来たゾ!
まだ、当時はテリー中本氏が、皮ラベルにすべて実筆で書いていたんですね。
当時の高級ハードケースは、モコモコでした(笑)
長文になってしまいましたんで、ここで失礼
資金調達のために、ホセラミレス3世1a(1981年製杉&ローズ)を安めに設定して売ろうと思います。
ではまた~~~
ヤマハ L53カスタム
1970年代を代表する、国産トップギターです。
当時のレコードなんかでは、本当に良く聴かれたサウンドですね。
で、写真をアップする前に、うんちくを(笑)
アコースティックギター(フォークギター)と言えば
まずMARTINは言わずもがなですが、追ってGIBSON
そのうしろにGUILDあたりがメジャーでしょうか?
OVATIONはもっとずっとあとなので、ここでは省略
日本では、ほとんどのミュージシャンたちが、マーチンやギブソン(12弦はギルド)をこぞって使っていたのは言うまでもありません。
が、日本製は?
1970年代後半あたりから、一気にヤマハが使われ始めます。
そのきっかけが、このヤマハ L53カスタムの登場なんですね。
もっとも最初は「なんやこのえげつないインレイとシャカシャカな音は?」と不評だったそうで。。。
はっきり言って私もあまり好きではありませんでした。
買うなら前モデルのL31って思っていました。
もっとも学生の身分ですから、買えませんし、どうせ買うなら
マーチンD45でしょ!!!
音よりも材質よりも、あのインレイが良かったのです。
よく、インレイを嫌う人がいますが、そもそも人間は装飾を好む生き物、
寂しいからネオン街、トラック野郎のギンギラ電飾、化粧にマニキュアに毛染め、時計に
指輪にネックレスなど・・・
フォークソングのルーツはカントリーミュージック、つまり田舎のお祭りソングなんですよね。
着飾ってみんなでダンスなどのお祭りを楽しむ、そんな中、そっけないギターに装飾を施すアイデアは必然的に生まれたと推測できます。
さて、その当時は、銀座ヤマハホールの2階だっけかな?
うろ覚えですが、ヤマハのギターが惜しげもなくほぼ全種類が飾ってありまして、
しかも最初は弾き放題?
L53とL31も弾かせてもらった記憶があります。
ついでにマーチンD76も!
L53とL31は、マーチンに比べ異常に重かったです。
音は・・・覚えていません。。。
のちに、高級機はすべてショーケースに入ってしまいまして、弾けなくなってしまいましたが。
話を戻しまして、昭和51年(1976年)ごろの記憶をたどりながらのお話しを続けます。
L53は1975年暮れからと記載がありますが、実際に私が知ったのは、当時の人気フォークグループ
「グレープ」の吉田正美が1976年3月の解散コンサートで使っていたことからです。
(写真で知ったのですが)
さだまさしが全面にでていたグループなのですが、ジャズを好んでいた私にとっては、珍しく吉田正美の隠れファンでもありました(笑)
このギターから次の再開までは、ずーーーーーーーーーーーっとあとでして
2000年、おりしもミレニアムで沸く世の中でしたが、私は「ここらでまたギターでも始めっか?」なんて思ったのであります。
そこで、1980年から20年ぶりくらいでしょうか?
御茶ノ水へ足を運びました。
いやーそのなつかしさったら、たとえようもないのですが、
とにかく「血が騒ぐ」?みたいな。
海へ行くと、砂浜前の道を歩いていくうちに潮風の独特の匂いってあるじゃないですか、
楽器屋さんにもそれと同様に、独特の臭いがありまして、ふと学生時代に戻った気分でした。
黒沢楽器の中古「セカンドハウス」へ入ると、いきなりL53のぶっ壊れた?と言うか、リペアだらけのボロボロなのが、なんと
38まんえん!!!
たっけ~~
まあ、色々見回して、結局フォークではなくクラシックを買って帰ったのですが。。。
(L53がボロでも買っておけばと後から後悔したのは言うまでもありません)
それから、日を追うごとに「あんとき買っておけば・・・」がどんどん強くなるわけでして。。。
ネットでの相場では、少し前まで60万円くらいが最高値だったのですが、高く売れると思うと、次から次へと市場に出回ってきまして、一時は下がったのですが、ここで問題が・・・
みなさんお勉強されて、初期物がてんで出なくなってしまったってことです。
当然ですが。。。(あとで解説)
昨年暮れには80万程度だった(それでも高い)前期L53ですが、今年に入ってから異常な高値が続いていまして、結局最近では126万円なんて値段で売れていました。
なんで前期が良いのかはほとんどの方が知っておりますので省きますが、
実は私なりに調べた木材のからくりもあります。
L53は1975年から1981年ころの(これ以降は無視します)スペックは、トップエゾ松、バックハカランダになっておりますが、なぜトップにエゾ松と表示しているのにバックはハカランダ?(エゾ松は固有名詞、ハカランダは俗称)
ワシントン条約のお話しをしますが、まずそもそもワシントン条約に正式に日本が加盟したのは1980年です。
署名はもっと前ですが、実施はそこからとなります。(準備期間がある)
ハンコの材料、象牙やべっ甲の櫛などが社会をにぎわせたのも知っているかと。
そして世界から避難されたことも。
実際には、当時日本は署名してはいたものの、まだ加盟してはいなかったので、そういった国を経由して買っていたわけです。
木材もこれとまったく同じで、これほどまでに日本に「ハカランダ」なんていう俗称の木材が氾濫したのも、ワッシントン条約で規制が始まり、生産国が完全にシャットアウトしたため、その前(ブラジルも1975年以前は伐採後の木材は販売していたらしいい)に儲けようとした日本と部外国が、ブラジリアンローズウッドだけではなく、ココボロやマダガスカルなどを含め「ブラジル産ローズウッド」として販売したため、こんなんなってしまったと推察できるわけですし、そういった事情があったから輸入できたのだと思います。
マーチンの1968年(69年初め?)は間違いなくブラジリアンローズウッドであります。
これがスタンダードとなっているわけですが、マーチン社のコピー物を作っていた日本も、スペックで、上位機種はブラジリアンローズウッドとしたいところですが、すでにそんな材料は無い!
まあ、それで俗称「ハカランダ」に手を付けたともいえます。
1978年当時トーカイのキャッツアイなんかは、木材も生産国と同じ仕様にしていましたので、
まだ加盟していないのを良いことに、ひっそりと隣国から輸入していたのかな?と思って見たり。
ワシントン条約では、輸出入国どちらかが加盟していれば、輸出入できませんが、(輸入すると密輸)両方加盟していなければ、名目上は問題ありません。
(海外からバッシングくらいますが)
それと、日本国内で出回っている中で、実際にブラジリアンローズウッドである可能性が高いのは??
ぶっちゃけ、柾目バリバリはどれも違う気がします。
理由は簡単、そもそも日本なんて、楽器の木材でブラジリアンローズウッドが良いなんて思ってもいなくて(と言うか、インドローズでも変わらない)究極を突き詰めれば多分良いだろうくらいでしょう。
クラシックギターやっている人を見れば分りますが、ハカランダにこだわる人ってあまりいない気がします。
ハカランダはブラジル産ローズウッドの総称(俗称)であり、ブラジリアンローズウッドは固有名です。
このあやふやさなんかも、日本ではどっちでもどーでもよくって(だからヤマハだってハカランダっていまだに記載している)嘘ではなく、より高く売れる方法として使っている気がします。
ギター用の柾目板は木の根に近い方でしか取れない(取りにくい)ので、マーチンは残りは他に回していたか、転売していたと思うのです。
木の先端に行くにつれて細くなりますので、幅広の柾目どりなんて不可能ですので、板目とりとなります。
原産国がシャットアウトしているのに、70年中期以降に太い原木がそのまま残っているのは考えにくいですが、端材でしたら、他国から輸入できたと思うのです。
1976年から(75年11月から)出ているヤマハL53は、なぜか初期は板目が多く、1978年以降は柾目材が多く使われていること、(ちゃんと調査したわけではありませんが・・・)こんなところからも、L53初期の初期はブラジリアンローズウッドの可能性が高くなると思っております。
もっとも、戦後の日本は、材料よりも「腕」でなんとかしていた職人気質が問われる時代ですから、あまりこだわらなくても、どのみち世界のトップに君臨できる良い製品であることには違いありませんが。
まあ、こんな意見もあるさくらいにとどめておいてください。
さて、今回届いたブツは
待ってました、1976年製!!!
まずは、ブラウンのカスタムハードケースから
そして中身
ジャジャーン!!
待ちに待った恋い焦がれたL53の1976年製!
しかもワンオーナー品
手間がかかりすぎて、その上に評判がイマイチでやめたバイアスインレイ
ヘッドのインレイ、旧TM50Gの四角いペグ
40年の歳月が物語る、褐色に変色したアヴァロンインレイ(金色に輝いています)
ハカランダ(多分ブラジリアンローズウッド)のバック、サイドにセンター黒檀(これもすごいですが)です。
当時、親に買ってもらったモーリスのギターケースに、憧れのL53の当時のカタログを切って貼っていました。
やっと本物が我が家に来たゾ!
まだ、当時はテリー中本氏が、皮ラベルにすべて実筆で書いていたんですね。
当時の高級ハードケースは、モコモコでした(笑)
長文になってしまいましたんで、ここで失礼
資金調達のために、ホセラミレス3世1a(1981年製杉&ローズ)を安めに設定して売ろうと思います。
ではまた~~~