我が町から比較的近い旅行と言うと、西に長野アルプス、北に栃木日光、で東に茨城筑波山、
南に千葉房総半島って感じでしょうか?(東は地理的に東ではないので無理がありますが)
さて、で、房総半島は、私の話で良く出てくる場所であります。
長野県も大好きですが、千葉も大好きです。
内房線は、幼少からよく使っていましたので、とても親しみがあります。
今回は、その内房線のお話をしようと思います。
今回出てくる写真は、すべてYOUTUBE動画より
プリントスクリーンで拝借させていただきましたものです。
一部削除されていて、そのURLを張ることが出来ませんが、ご容赦下さい。
https://youtu.be/VivQEqwePQ0?si=y_QFnGhcTsOacZMI
https://youtu.be/wWMS0IalsP8?si=ydnuN-BVvMnFayEr
https://youtu.be/2d9uupEMHl8?si=_Pl14ARmEfklS_nC
https://www.youtube.com/watch?v=a-c2MAFBN4Y
さて、本題
千葉は、私の町葛飾区からですと、
総武線新小岩からとなりますが、当時の快速電車は停車してくれず、
一度逆方向の錦糸町まで行かなければなりませんでした。
快速の停車駅は・・・こんな感じでしょうか?忘れましたが、
今回は、特急と同じ停車駅を基準にお話ししていきます。
錦糸町→船橋→千葉→曽我→五井→木更津→君津→佐貫町→(上総湊、快速では止まったような?)
→浜金谷→保田→岩井→富浦→館山
錦糸町は、はい、なかなかの繁華街ですね。場外馬券売り場もありますし、
風俗もたくさんあります。
詳細は割愛しますが、まだ大都会です。
次は船橋まで一直線、途中荒川、綾瀬川、中川、江戸川を渡っていきます。
↓荒川
↓ 似ていますが、こっちは江戸川
で、船橋、そしてあっという間に千葉駅
千葉も東京とは違いますが、大都会です。
この千葉駅は、学生時代の水泳合宿の集合場所でした。
なのでとても思い出深いです。
当時、学年に二人しかいなかった女生徒の内の一人とばったりあって、しばらく話していたのを思い出します。
内房線は、ここまでは都会を走っていきます。
が、ここを出ますと、車窓は一気に都会から郊外へと変わります。
とくに五井を出ますと、千葉のコンビナ-トがありまして、
大都会東京のために石油(ガソリンなど)を備蓄、製油しています。
ガソリンだけでなく、プラスチックプラントなどの工場も多数あります。
で、車窓では、やはり”ろうそく煙突”でしょうかね?
小さいころ、私はそう呼んでいました。
夜ここを通ると、煙突から火が出ているのですね。
なんか、怪獣が出てきそうでした。
子供には楽しい光景でしたね。
木更津、君津を抜けますと、次は「東京湾観音」です。
駅で言いますと、大貫→佐貫町間で見ることが出来ます。
そこまで、まだ街並みはちらほらですが、ここからは山の景色が主体となります。
↓ 石油プラントを超えた後は、何もない平坦が続きます。
↓ しばらくすると、遠くに小高い山並みが見えてきます。
千葉へ旅行に来たって感じるのは、ここら辺からではないでしょうか?
↓ その山があの有名な、東京湾観音そびえたつ佐貫町の山並みです。
東京湾観音様が良く見えますね。
ここを過ぎると佐貫町駅になるのですね。
さて、今回の記事を書くきっかけとなったのが、次の
「上総湊駅」にあります。
昔、上総湊駅を通るたびに、コンクリート工場の、ベルトコンベヤ橋が
とても印象に残っていました。
しかし、いつの間にかなくなっていたのですよ。
町も10年もたつと変わってしまうのは致し方ないのですが、
その昔の景色を見たいと思っても、ネット上にもまったく出てこない。
ところがたまたま今回、youtubeを見ていたら、
1991年の内房線車窓が出てきました。
ひょっとして?と思いましてすべて確認しましたら、写っていました!!
佐貫町を出て、一つ目のトンネルをくぐって、しばらく走ったところに小さな田園風景が広がります。
2つ目のトンネルに入る少し手前に例の「セメントコンベヤ橋」があったのです。
(館山からですと、上総湊駅より3つ目のトンネルを抜けたすぐあとです。)
いやーうれしかったですよ。
昔を懐かしんでしまいます。
↓ 館山側より上り電車、上総湊駅より3つ目(一つ目はトンネルと言うより防護柵かも)を抜けたところ
この場所を下り線から最近の車窓で見ますと
ここにセメントを海から運ぶコンベヤ橋がつながっていたのですね。
また、東京から電車で走ってくると、最初に海が見える場所でもあります。
(逆に言うと、帰りはここの景色が見えると海とお別れになってしまいます)
なので、思い出深いのですね。
この上総湊の街並みは、もともとは石きり場があって、栄えていたそうです。
いまはどうか分かりませんが、同時にあったコンクリート工場は、15年ほど前に
廃業してしまったそうです。
石きり場もその跡が残っているだけの様です。
ここからは、浜金谷まで海(東京湾)と並走することとなります。天気と条件次第で、富士山も見ることが出来るそうです。
この後、浜金谷駅からは、トンネルが増えます。つまり山もおおくなりますね。
↓ 写っている山は、有名な鋸山です。
ここから先は、保田、岩井、富浦、館山と海水浴場や保養所などがたくさんあります
観光地になりますね。
当時、保田は療養所、岩井は海水浴場がたくさんあったように思います。
富浦は私がよく遊びに行った場所です。
館山は、夏合宿場所ですね。
このように、速足で説明してきましたが、内房線は、日本でも欲張りな都会のビル群から平野、コンビナート、ろうそく煙突、東京湾観音、港、海、山、川、富士山までを網羅する絶景な車窓の電車だったりします。
東京からも近くて楽ちんです。
街並みがこれ以上変わらないうちに、あなたもいかが?
しかし、50年で私も景色もずいぶん変わりました・・・
寂しいですね。
追記:車窓から藤さんを映した動画が上がっておりましたので、借用させていただきました。
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