TANKA
聞いたことありますか?
「タンカ」です。
細密なマンダラ絵です。
タクシードライバーのクリシュナムルさんが、タンカスクールに連れて行ってくれました。
ボクの好きなボダナートにあるということ。
マンダラは、極細の筆で、書き上げていきます。
普通のケント紙のようなものを、日本画で使用する胡粉のようなもので硬く硬くしていきます。
仕上げにさらに何かをつかうようですが、柔らかい紙は革のような硬さに仕上がります。
その紙面にまんだらは描かれていくのです。
2階にあるスクールには、何人ものアーティストの卵たちの作品が並べてあります。
3年がかりというマンダラアートを描いているところを見せてもらいました。
細密画です。
この技術は、何年も受け継がれ、多くの人に瞑想に使用されたり、アートとして飾られたりしています。
ボクも何点か買い求めました。
素晴らしい作品です。
ボダナートを後にして、まだ時間があったので、予定にはなかったのですが、パシュマティナートに行くことにしました。
ガイドブックを読む限り、何だかあんまり行きたくない場所だったのですが、結局行くことになってしまいました。
何で嫌だったのか・・・・。
ヒンドゥ教の寺院で、信者以外の人は入れないスペースがあったり、火葬場があったりして、何だかクローズドな環境が興味を持たせなかったのだと思います。
真夏のような暑さの中を、(ここでもいくらかの入場料を払って)中に入ると、すぐに川にぶつかります。
両岸ともに川までは20段くらいの階段状になっています。
ふと見ると、対岸の階段状のところに、毛布をかぶって横たわっている人がいます。
いや、横たわっているというよりも、川の中に入っている足首をのぞいて、頭まですっぽりと毛布をかぶっています。
岸辺には、小さなテラスのようなところがいくつもあって、その一つでは、二人の男が、竹を使って、燃やされた何かを川の中に掃き捨てています。
浅い流れの川の中では、また一人の男が、竹の熊手で川の流れをつくるかのように、落ちてきたものを流れていくようにはいています。
階段に横たわっている人をまたみます。
「なんだ、あれは?人?まさか・・・・いや、やはりあれは遺体?」
「落としている黒いものは・・・・お骨?」
ふと、隣にもあるテラスを見ると、薪が組まれておいてあります。
「火葬だ!」
なんだか、見てはいけないものを見たような・・・。
川沿いをさらに歩いていると、橋に人がたくさん集まって何かを見ています。
野次馬です。
ボクもその仲間に入って、何が見えるのかを見てみると、そこには、花できれいにあしらわれた薪が組まれていました。
その後ろ側には、さらにたくさんの人が集まっていて、列をなしています。
その列は、順に移動し、先頭の人は両手を合わせて祈っています。
まさに、これから火葬をする最後の儀式の最中だったのです。
橋の下流側にある火葬場は庶民のもの、上流側にある火葬場は王族専用との事。
きっと、ネパールでは名のある方の葬儀だったのかもしれません。
真夏のような暑さと、モクモクとあがる煙、お香やそれ以外の何と言えないにおい。
ヒンドゥでは、輪廻転生信仰のため墓は作らないのだそうです。
今回の旅に、持ってきた4冊の本のうち2冊が、たまたま「死」にまつわる物語でした。
ボクは体中に緊張が走ったのを覚えています。
パシュパティナートは、ネパール最大のヒンドゥ教の寺院だそうです。
聖なる河、バグマティ川。
この川で、裸になって遊んでいる子供たちを見て、死と隣り合わせにある生について、否が応でも考えさせられたのでした。
さぁ、日本に帰ろう。
聞いたことありますか?
「タンカ」です。
細密なマンダラ絵です。
タクシードライバーのクリシュナムルさんが、タンカスクールに連れて行ってくれました。
ボクの好きなボダナートにあるということ。
マンダラは、極細の筆で、書き上げていきます。
普通のケント紙のようなものを、日本画で使用する胡粉のようなもので硬く硬くしていきます。
仕上げにさらに何かをつかうようですが、柔らかい紙は革のような硬さに仕上がります。
その紙面にまんだらは描かれていくのです。
2階にあるスクールには、何人ものアーティストの卵たちの作品が並べてあります。
3年がかりというマンダラアートを描いているところを見せてもらいました。
細密画です。
この技術は、何年も受け継がれ、多くの人に瞑想に使用されたり、アートとして飾られたりしています。
ボクも何点か買い求めました。
素晴らしい作品です。
ボダナートを後にして、まだ時間があったので、予定にはなかったのですが、パシュマティナートに行くことにしました。
ガイドブックを読む限り、何だかあんまり行きたくない場所だったのですが、結局行くことになってしまいました。
何で嫌だったのか・・・・。
ヒンドゥ教の寺院で、信者以外の人は入れないスペースがあったり、火葬場があったりして、何だかクローズドな環境が興味を持たせなかったのだと思います。
真夏のような暑さの中を、(ここでもいくらかの入場料を払って)中に入ると、すぐに川にぶつかります。
両岸ともに川までは20段くらいの階段状になっています。
ふと見ると、対岸の階段状のところに、毛布をかぶって横たわっている人がいます。
いや、横たわっているというよりも、川の中に入っている足首をのぞいて、頭まですっぽりと毛布をかぶっています。
岸辺には、小さなテラスのようなところがいくつもあって、その一つでは、二人の男が、竹を使って、燃やされた何かを川の中に掃き捨てています。
浅い流れの川の中では、また一人の男が、竹の熊手で川の流れをつくるかのように、落ちてきたものを流れていくようにはいています。
階段に横たわっている人をまたみます。
「なんだ、あれは?人?まさか・・・・いや、やはりあれは遺体?」
「落としている黒いものは・・・・お骨?」
ふと、隣にもあるテラスを見ると、薪が組まれておいてあります。
「火葬だ!」
なんだか、見てはいけないものを見たような・・・。
川沿いをさらに歩いていると、橋に人がたくさん集まって何かを見ています。
野次馬です。
ボクもその仲間に入って、何が見えるのかを見てみると、そこには、花できれいにあしらわれた薪が組まれていました。
その後ろ側には、さらにたくさんの人が集まっていて、列をなしています。
その列は、順に移動し、先頭の人は両手を合わせて祈っています。
まさに、これから火葬をする最後の儀式の最中だったのです。
橋の下流側にある火葬場は庶民のもの、上流側にある火葬場は王族専用との事。
きっと、ネパールでは名のある方の葬儀だったのかもしれません。
真夏のような暑さと、モクモクとあがる煙、お香やそれ以外の何と言えないにおい。
ヒンドゥでは、輪廻転生信仰のため墓は作らないのだそうです。
今回の旅に、持ってきた4冊の本のうち2冊が、たまたま「死」にまつわる物語でした。
ボクは体中に緊張が走ったのを覚えています。
パシュパティナートは、ネパール最大のヒンドゥ教の寺院だそうです。
聖なる河、バグマティ川。
この川で、裸になって遊んでいる子供たちを見て、死と隣り合わせにある生について、否が応でも考えさせられたのでした。
さぁ、日本に帰ろう。
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