シェル風日記

何気ない日々、風のたよりのメモ的日記

共有と共感

2007-05-31 | 日常・etc

ある時期共有するものを持ってる人は、共感する事も多いだろう。

「子供の頃、逃亡者や名犬ラッシーやポパイを毎週見てた」とは言えるが、「時々、紙芝居を見てて“わんぱく出目ちゃん”とかあったよね~」などとは、隔世の感があるので、同窓会くらいでしか言えない事だが、一世代として共有できるものだろう。

NHKのプロジェクトXを見てミスターVHSに感動した。一時代君臨してたのに、今そのビデオを見れる機器がある家も少なくなった。

ところが最近は進歩が早すぎて自分の年齢の前後位しか共有出来ない事が多くなって来てる。

ポケベル、フロッピー、MDなどは、どれ位の人が共有してるのだろうか?ポケベルは上の子は使ってたが親は使ってないし、下の子の時はポケベルは消え携帯だ。

あの頃うちの電話はレトロな感じが好きで、まだダイヤル式を使っていたが、子供にポケベルの通信が出来ないと抗議を受けプッシュ式に変えた記憶がある。
今では固定電話の存在意味さえ消えかけている。

私はDVDの録画用と写真用の的確な選び方が分からず・・録画用でも写真用に使える?

分からないから素直にお店の人に尋ねたのだが、おばさんも「今、担当の者が居ないので分からない」との事。

内心“やっぱりDVDってよく分からないでしょう・・?”と安心した。家でこの件を話すと「どっちも使えるんじゃないの?」と誰も明確な答えは出せなかった。

徒然草の兼好さんは良き友として、「物をくれる人」「お医者さん」「丈夫な人」を挙げていて、随分ちゃっかりしてると面白かったが、真似して挙げるとすれば、今現在は、「パソコン、デジタル機器に強い友」が欲しいものだ。

一家に1人と言いたいが、子供は代わりにやってはくれるが教えてはくれない。何度も聞くと迷惑そうだし。

進化した物をドンドン創りだす人。一方で仕組みはおろか、使い方さえ分からない機器難民?

この格差は甚だしいのではないのだろか?身近にも録画が出来ない人、メールが出来ない人もいる。

作り出した人と使い方が分からない人が同じ時代を生きている・・・ラジオの仕組みが分かるか分からない位の差ならともかく、たとえば光ファイバーの仕組みを考えた人と使うだけの人が同時代に生きてる・・・。

「光ファイバーの処理能力オーバーで一時ストップ」などというニュースを聞くと、ほらほら・・と少し安堵してしまう。

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ブログ

2007-05-30 | 日常・etc

毎日ではないが最近書き始めたブログは、私にとって不思議な媒体だ。

何人かを除いてリアルの知人はほとんど読んでないし、たとえ何かの偶然でたまたま立ち寄ってくれたとしても、私だと判る材料は何もない。

「こういう事がありました」「こんな気持ちになりました」「こんな考えをもってます」と思いつくまま書いてるだけなので気持ちの整理ができるし、多少本音を出しても実際の恥は掻かない。

そして偶然にたずねて来てくれた人が読んでくれて、こんな事思ってる人もいるんだと思ってくれる。

本来日記はプライベートな記録なのに、実体がつかめないものに向かって発信してる。
中学生の頃日記をつけてて、後で見返してギョッとして封印した記憶があるが、これもそうなるかも知れない。

吉田兼好の「徒然草」も樋口一葉の「たけくらべ」も、平凡な日々や何気ない出来事を淡々と書いてあるが、成程と思える所が随所にあって面白く、昔の人も今の人も根本的には変わらないなと思ったりする。

同じ日常でも意識するのとしないのでは違ってくるような気がするし、同じ出来事でも人によって捉え方は様々だし、表現する事で脳トレの効果も多少あるかも知れない。

物事にはプラス面マイナス面があるが、このツールもその人らしさがどこかに出るのは現実だろう。

そしていつかピタリと中断したとしても、リアルな別れを実感するわけでもないし、その気軽さがいい。

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興味の尽きない人

2007-05-29 | 日常・etc

本やテレビでその名前を見つけるとつい気になって見てしまったり、買ってしまったりするという事は、つまりファンなのだが実はけっこういる。

まず3人挙げるとすれば手塚治虫、岡本太郎、星野道夫(敬称略)

手塚治虫は子供の頃『リボン』という雑誌の『リボンの騎士』を毎月楽しみに見てて、その後『鉄腕アトム』も毎週テレビを観てたし、今でも心に残ってるのは、『きりひと賛歌』『ジャングル大帝レオ』『火の鳥』など挙げたらキリがないが、生命の尊さと思いやりを自然に教えられた。

ほとんどの主人公がまわりと1人だけ違ってる孤独を背負ってるところにも惹かれた。手塚治虫記念館が川崎か横浜か?に出来るというという話が立ち消えになってがっかりした。

岡本太郎は大阪の万博、青山の記念館、川崎の美術館、明日の神話(壁画)など行ったが、天衣無縫の見本のような感じが伝わってくる。

赤ちゃんを見てると何をしても存在自体が面白く見てて飽きないが、まさにそんな興味と似たものを感じる。

記念館に行った時にほんの数行、感想を書いて帰ったら、その後岡本敏子さんの名で毎年、年賀状(自筆を印刷してある物)が、亡くなられる前の2005年迄来てた。館に来て住所を書いた人全員に出されてたのだろう。太郎さんの事を本当に大事にされてたのが伝わる。

星野道夫はその名前が本名だと知った時はなんとぴったりな綺麗な名だろうと思った。

本や写真集や「アラスカ風のような物語[ビデオ)」を時々見ると、心地良い風に吹かれたような、心が洗われたような、上手く言えないが癒される。

「同じ時間をアラスカで熊が生きてるのが不思議」と書いておられたが、そんな不思議に思える空間が永遠に地球上に存在する事を願う。

尊敬する魅力的な3人の共通する所を考えてみた。
<一途で純粋><真摯な様子の中の無邪気な笑顔><衣食住、富、名誉、などに関心がなくストイックな雰囲気>
偶然、全員男性・・・今の時点で女性で同じような人が浮かばない。

ずっと生きて活躍して欲しかったけど残念ながらこの世を去られたが、永遠に生きてるような存在感があるところも共通点。

素敵で興味の尽きない人は年齢と共に増えていき、読んだり見たりして過ごしてると、自分自身の事に対して努力する時間が必然的に減り、尊敬する方達と逆方向になり皮肉ですが、見たいテレビ、DVD、本、ブログが多すぎる。

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おにぎりと卵焼き

2007-05-26 | 日常・etc

食べ物への接し方は、その人自身が現れるから結婚を考える人だったら、それも採点の重要なポイントにした方が良いと何かで読んだことがある。

つまり食べ物にうるさい人は何かと人にもうるさい人、食べ物に神経質な人は人にも神経質と言う事らしい。絶対そうだとは言えないが、細かい事は言わずに何でも美味しそうに食べる人は、確かにおおらかな人が多いように思える。

私は皆で食べてるときは、多少美味しくなくても味覚は千差万別だと思うし、体調によっても微妙に違うし、その味が好きで食べている人もいるし、その場の雰囲気を大事にしたいので自分の味覚を強調しない・・・協調性があるって事?

ところが秘かなこだわりはある。
子供の頃おにぎりと卵焼きは母の作った物しか食べられなかった。他の人が作ったおにぎりは形が違うし、卵焼きも甘さが違うし、母の手以外では何だか気持ちが悪かったのだ。

現在コンビニとかのは食べられるのは、工場で作られてるので誰かの手で握ってないからだし、自分でもサランラップで作る。

ラーメン店はたたずまいが汚いお店が美味しいなどと、TVなどでも時々言ってる人が居るが私にはトンデモナイ!事だ。

食べ物屋さんにはまず清潔感を求める。

おすし屋さんもまず握ってる人をチェックするし、デパ地下でもマスクもしないでしゃべりながら作ってる所はNGだ。

TVでマツケンレシピや土井善晴さんのおかずのクッキングを見てて美味しそう!と思うのは、ケンさんの黙々とした真摯な作り方や土井さんの手さばきが綺麗だからだ。

最初に書いた事からすると、このこだわりは程々にしないといけないのかも知れないが。(^^ゞ

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スクリーン

2007-05-25 | 映画・TV・DVD・音楽・本

中学の頃雑誌の『スクリーン』のキャンディス・バーゲンとか見て、おばさんになってもこんなにステキな人がいるんだと憧れた。

映画は観たいけど、居心地の悪い映画館が嫌で、後になってテレビで淀川長治さんの「サヨナラ、サヨナラ」で観てた。

今はDVDで観る事が出来るし、旬の映画もシネコンだと気軽に行ける。

近くにシネコンが出来れば毎週レディスデーに行くかも知れない。

でも、昔の映画は確かに技術面では迫力に欠けるが、感動も音楽も心に残ってる。

感受性が強い若い時に観たからだろうか?

「こわい!こわい!怖かったですね~」と言う解説も面白かったせいだろうか。

『ドクトル・ジバコ』『風と共に去りぬ』『嵐が丘』『エデンの東』などテーマ曲も思い出せる。

女優さんもいかにも銀幕の人と言う感じで気品があった。

『卒業』『ある愛の詩』『ロミオとジュリエット』などは内容より音楽の方が印象に残ってる。

ここ何年かで観た映画では、『シックス・センス』(怖さが感動に変わった瞬間が衝撃だった)、『ビューティフル・マインド』(ラッセル・クローが博士の心情を見事に演じてた)『プールオブ・ライフ』(シリアスなメグ・ライアンも良かった)など心に残ってるが曲は思い出せない。

『タイタニック』は曲のほうが忘れられない・・うちの犬はサビの所で遠吠えする。

シリーズ物でも『猿の惑星』『エイリアン』『インディ・ジョーンズ』『ハリー・ポッター』など撮影技術は後の方が進歩してるにも関わらず、第1話がだいたい面白かった気がするのは時間差なのだろうか?

『名犬ラッシー』はエリザベス・テイラーが子役で出てたのも最新のもとても良かった。私の中でラッシーは殿堂入りなので絶賛です。

次回からは観た後忘れないうちに感想でも書いておこうと思う。

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夜更かし

2007-05-23 | 日常・etc

なにをする訳でもないけど、のんびり夜更かししてる時間が好きだ。

夜更けはなぜゆったりと落ち着くのだろう。

何もかも“圏外”のような気がするからだろうか?
明日の為に睡眠確保!と決断するまでついつい起きてるから、朝はぎりぎりまで寝てしまう。

つくづく非生産的だと反省するが、この無駄なぼ~っとしてる一時は心が休まる。

1人の時間が好きというか、退屈する事がないからつい長引いてしまう。

テレビや音楽があると孤独は感じないのかも知れない。

ところがそれはすべて電気のおかげだと思うと、電気の無駄使い!ということになり、地球環境の為にも百害あって一利無しと反省。

時間から自由になったような開放感なのか、深層心理は解らないが、たまに気が済むまで夜更かしして、心ゆく迄寝ている幸せ。

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2007-05-13 | 行事・折にふれ

毎年1度はお花見に行きたいと思うようになったのはここ5年位前からだ。

桜の季節になるとわざわざ遠出しなくても、何かの外出の行き帰りに思いがけない所で桜をみることは出来るが、一生のうちあと何回桜を観る事が出来るのだろうかと思った時、なるべくいろんな所に行ってみたいと思うようになった。

桜を観てると長い間会ってない人や、遠い記憶の中にある場所をふと思い出す。

もしかしてこれが最後と気づかずに日々色んな人と別れ、再び見る事のない景色を深く心に刻む事もなく何気に眺めて時が過ぎ去ってしまった事を教えてくれる。

遠出と言っても電車で行ける範囲で今年は千鳥が淵と靖国、去年は新宿御苑、一昨年は鎌倉だ。もう少し足を伸ばして嵐山、吉野山とか行って見たいが、桜の咲く頃は時期的にヒョイと旅行に行けるような余裕のある時期ではない。

もっと歳を取れば可能かも知れないが、あまり歳を取ると桜の横に立ちたくなくなりそうな気もする。

行きたい時が行ける時。

このブログのデンプレートの青空と桜がとても気に入ってる。

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雨の日と月曜日

2007-05-07 | 日常・etc

〝雨の日と月曜日は〟という曲がある。
確か〝雨の日と月曜日は、何もかもが嫌になる〟
みたいな歌詞だったような記憶があるが、
中学生くらいの時、月曜日が雨だと学校を休む子がいた。
月曜日はただでさえ気が重い上に、雨だと余計行きたくなかったのだろう。
たしかに月曜日が楽しみと言う人は、月曜日が定休日の人くらいだろう。

でも雨の日は嫌ではない。
ただし予定もなく家にのんびりできる日の雨、なぜかゆったりと落ち着く。
たぶんそれは幼い頃、雨が続く梅雨時など母が家の中で上手に遊ばせてくれてたからだろう。
今思えば洗濯物が乾かなくても、1日中子供達がうるさくても
決してイライラしたりせず、いつも穏やかだった。
お絵描き歌を教えてくれたり、てるてる坊主を作ったり、
素朴なおやつ、たとえばホットケーキのようなものを作ってくれたり。

今みたいに楽しい事がたくさんある時代じゃなかったけど
いつも楽しそうだったから、私達姉弟も楽しかった。
母がもし、雨が続くとイライラしたり、いつも不満だらけの人だったら
私は雨の日は雨の日なりに楽しめるのんびりした子にはならなかっただろう。

母の気持ちはいつの間にか子供の中に宿ってる・・・静かな雨の日にふとそう思う。

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巻き戻せるなら

2007-05-06 | 日常・etc

あの頃に戻りたいと思う時はどんな時だろう?
見た目と体力の衰えを実感した時は、少しでも若さを取り戻したいと誰でも思うかも知れない。

SF的に巻き戻してそこから再スタートできるとしたら、受験前?結婚前?人によってその年齢は違って来るだろう。
ある時期までは、高3あたりからやり直せば今の私もっと違った人生かも?などと想像してみる事もあったが、末の子も社会人となった現在、もう1度若い頃からやり直したいたいとは絶対思わない。
今に不足がないと言う意味ではなくて、人生は<これだけ努力したから結果がこれ>だったなどと単純明快ではないと思える歳になったから、もう1度サイコロを振るのは怖いし、良くても50歩100歩のような気がするからだ。

でも、巻き戻って修正だけして帰って来たい部分はある。

子供の頃飼ってた犬、迷子になった末、保健所に連れていかれたらしい・・・戻って、迎えに行きたい。

やはり子供の頃、散歩に行ったきり帰らなかった12才の猫・・・戻って、探したい。

子供、家族、友人・・・戻って、もっと遊んであげたい、話を聞いてあげたい。

などなど・・・いろいろ考えても1秒も戻らないのが現実。

だから今の時間と今周りに居る人や動物達を大切にしなくてはと思う。

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なかなか先へ進まない

2007-05-01 | 日常・etc

誰でも簡単に始められるという事でブログを開いたけど、日記のタイトルがむずかしい。
なるべく使用されてないタイトルをと考えて候補を検索すると、どれもこれも、すでに誕生してるものばかり・・・。

ここでうちのワンコの出番となり、安易に“風”を付けて決まり。
風には色んな風があるから・・・いつも静・涼・爽を感じていたい。
検索であちらこちら彷徨っているうちに、最初は何を見てたか分からなくなり、底なし沼に入ったようでキリが無い。

あちこち飛んでるうちに、私の好きな人達が沢山載っているページをみつけた。仙台いたみのクリニックのHPで「祈り」と言うページだ。

良い物をみつけた。

手塚治虫、柳田邦男、ジョン・レノン(敬称略)など、その他各界の様々な方のその人らしい文章が紹介してある
のだが、読んでるうちに面白くなり、自分の日記は進まない。

今日はタイトルを決めただけで終わり。

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