スキーをしに夫婦が遊びに来た。 昨年は都合で来れなかったので、2年ぶりにスキーを一緒に楽しむことになる。
初日は、無料券で佐野坂スキー場へ行く。2日目は、午後から半日券で栂池スキー場へ行く。やはり気温が暖かく、雪質が悪い。 3時間ぐらい滑って、温泉へ直行(倉下の湯)。夜はいつもの宴会、、。
久しぶりに裏山を散歩して見た。 テレマークのステップ付き板を履いて、坂道を登った。静寂の中で、気持ちも洗われる。
動物の足跡だけが雪の上に残っている。この冬山にも動物の命があるのだ、、。
キューバの感想は、、、400年ものスペイン統治時代の影響を受けて、当時の街づくり、建物が色濃く残っており、町全体が昔にタイムスリップした感じだ。町には荷馬車も走っており、その横では、威厳のある大きな古いアメ車が走っている。自転車タクシーもあるし、トラックの荷台に大勢の人達を載せて走り回っている。 全く面白い国だ。
人々は非常に明るく人懐っこい。我々観光客に対しては、チノ?(中国人?)と話しかけてくる。最初は”ノー、 ハポン(日本)” と答えていたが、最後頃はもう、どうでも良くなってしまった。
人々は大きな声で陽気に喋り話し合っている。会話を楽しんでいるのだ。あらゆる場所では、キューバ音楽が鳴り響いている。町全体が音楽に包まれている感じだ。 彼等にとってお金をかせぐ為に、ストレスを感じるほど働く必要もなければ、そのような仕事の場所もない。社会主義国家の中で、貧困ではあっても、国の保障で生きていければ良し、、と考えているのだろう。
気候が温暖で、熱帯地方ゆえに、性格も南方系の明るく楽観的になるのでしょう。バナナ、ヤシ、その他の果物が豊富に育つので、最低限の食べる物も手に入るはずだ。
一般にインターネットも普及していないキューバでは、子供達は外で野球、サッカーに興じている。元気で健康的で常にそこには笑いがある。これが本来の子供達の姿だと思う。これからのキューバを背負っていく子供達だ。 その事を考えるとキューバの未来は明るいと思う。
ーーーキューバ旅行記は終わりとしますーーー
*若者達と仕事
海外出稼ぎも政府統制で厳しく、且つ、高額な旅行費も払えない。結局はキューバ国内で働くしか方法ががない。 しかし、農業、酪農、砂糖製造以外に大きな工業がある訳でもなく働く場所が限られている。多くの彼等は仕事がなく、町に溢れている。
近年、政府も規制を緩めて自営の営業も出来るようになってきており、ある者は、自転車タク シーを、ある物は車タクシーを、、トラック運搬、、と自分で仕事を見つけ出しているようだ。でも、彼らの生活はきびしい。 しかし、本来の楽天的人種なのか、社会主義国家として平等に最低生活保障されているのか、、彼等は至って明るく、陽気で元気が良い。 いつも大声で仲間と話し合っている。 ストレス、うつ病、自殺、、いじめ、、。これらと全く無の世界と感じる。
*独立戦争、キューバ革命の英雄達
1868~1878の第一次独立戦争、1895年のホセ.マルティ、アントニオ.マセオの第二次独立戦争、1953.7.26のフィデル .カストロのキューバ革命発端、その後のチェ.ゲバラ、カミーロ.シエンフェゴスの活躍、、。
彼達の記念碑、肖像画 が至る所にある。どこの小さな村にも大きな看板が立てられている。独立記念公園、革命博物館、、。革命後、54年も経過しながらも、革命戦士を今もって国民が讃えあっている。 改めて革命で自由を勝ち取った国と思い知らされる。 現在の世界で案キューバは一番人種差別の無い国として知られている。
*品物不足
自国の生産がほとんど無く、輸入に頼らなくてはならない現状で、経済制裁を受けている米国からの輸入もなく、ソ連崩壊後のロシアからの援助も限られている。 一番の輸入は同じ社会主義、共産主義の中国である。 電化製品、家庭一般生活物資は全て中国製である。
キューバ国民は日本製の高品質を知っているが、あまりにも高価過ぎて購入できなし、店の店頭にも見かけない。食料品も品が少なく貧しい。国民のパンも大勢の人が長い列を数時間も待ってパン屋で買わなければならない。 彼等は並んで待つ事に慣れているのだろうか。
*生活と音楽:
市民の娯楽はやはり、キューバ音楽、ダンスであろう。夜の広場で必ずと言っていいほど、音楽が鳴っている。意外と大きな音でガンガン鳴らしている。 音楽に合わせて踊りだす人もいる。音楽無しでは生きていけない国のようだ。
キューバの音楽には、大きく分けて3種類の音楽がある。欧州起源とアフリカ起源の要素が混合したキューバ伝統音楽、スペイン起源の農村音楽、そして、アフリカ起源の民族音楽だ。ソン、サルサは伝統音楽の部類に入る。
*市民の足、、交通:
古い車が 黒い排ガスを撒き散らして市内を走っている。1950~60年代のアメリカの車だ。キューバ革命後にアメリカ人が残していった物だ。特に朝の通勤時間がひどい。同じく、これも古いトラック、、荷台に満員の市民を乗せて運んでいる。日本で言う乗合の白タク、トラックだ。 朝の通勤客を運んで商売をしているのだ。 大声で同方向行きの客を呼び込んでいた。
自転車タクシーもある。荷馬車もある。馬に乗っている人もいる。自転車もある。この21世紀で1940~から現在に至るまでの過去の色々な乗り物が、町を走っている。面白いものだ。