今日の体重:101.0kg(-3.7kg)2006.02.01~減量開始:104.7kg
トリノオリンピックで日本勢が苦戦している…世界記録保持者で金メダルを期待されていたスピードスケートの「加藤条冶」君(山形出身)もメダルを逃がしてしまった…。他にもメダル確実と言われていた,スノーボード選手たちも惨敗…メロちゃんにいたってはケガまでしてしまって…ジャンプの原田が規定違反したのは論外。
左記プロフィール「プチ自慢」のとおり,2004年に「リトルリーグ野球」で「全国制覇」を経験させて頂き,「世界大会」の予選となる「アジア大会」にも出場させてもらっている。私はコーチとして,息子は選手として… アジア大会の会場となったのは「グアム」。毎回このブログに書込み頂いてる「おやしらず」さんもからも同行して頂き多大なるご協力を頂いた。
私にとっては初めての海外旅行…いや失礼,「海外遠征」…8日間の滞在期間中は「急変する天候」,「食生活」,「買い物・洗濯」などなど,とても大変なものでした。同行頂いた「リトルリーグ協会の皆様」をはじめ,リーグ事務局・応援に来て頂いた父母や関係者の皆様たちのご協力がなければ,きっとバテていたと思います。 選手たちはもっと大変だったことでしょう…
当時中学1年生が10人,小学6年生が4人,計14人の「日の丸をつけた戦士」たちは,貴重な経験となったのは勿論ですが,彼らにとっては過酷な8日間だったと思います。「独特の熱さの中での練習,そして試合…」「灼熱→スコール→灼熱→スコール…と急変する気候」「口に合わない米」「変なにおいがするカップラーメン」「甘すぎるジュース」…そして何と言っても「日の丸を背負った『日本代表』というプレッシャー」(日本代表はいつも優勝候補)…そういった辛い条件と重圧があった。
優勝できなかったのはそれらが直接の理由ではないと思うが,結果は「準優勝」にとどまった…。天候の急変で「試合日程が大幅に変わったり,試合途中のスコールで長時間中断したり…」なんらかの影響があったのは間違いない。
このケースはトリノ五輪で加藤条冶が「スタート直前で待たされる」といったケースに似ているのかもしれない…。(世界制覇を果たしたチームから「そんなの理由にならない!」とお叱りをうけるかもしれませんネ…スミマセン) 「オリンピックに魔物が住んでいる」とよく耳にするが,その理由は「慣れない海外での試合だから?!」と思うときがある。長野オリンピック時の日本選手は,もう少し明るくノビノビしていたような気がする。(現にメダルラッシュだった)何度も海外遠征を経験している一流アスリートたちでもこうなるのだから,海外でベストコンディションを維持するのは難しいことなんでしょうネ…。
ちなみにリトルアジア大会の時に「ルール違反」をして負けた国があった…トリノで言えばジャンプの原田だが…これは習慣の違いや,遠征疲れとは全く関係なく,「ただただ情けない負け方」である…。