跨線橋から人が転落したことにより、
なぜか乗っていた列車は回送電車となり、
川崎で強制的に降ろされ、
ホームで次の電車を待つために並んだ。
私は苛立っていた。
次の電車がいつ来るのか、
意味ないとはわかっていながらも発車標を見た。
その下にも列ができていま。
その列のなかに美しい女性がいて、
その女性を見ているだけで、
苛立ちは紛れるかもしれない。
そんな女性などいなかった。
その代わりに、ふと1人の男に目が止まった。
私同様に皆が苛立ちの表情を浮かべる中、
何事もないかのように文庫本を読み続けている。
「あいつは…」
知り合いに似ていた。
確信が持てなかった。
私は目が悪い。
人違いか。
LINEでメッセージを送ろうか考えた。
いや、待て。
私は2番目に並んでいる。
文庫本は、隣の列の5番目くらいだ。
もう23時近い。
この時期特有ではあるが、
私はこの1ヶ月の間、平日は3時間睡眠だ。
疲れはピークにきている。
私はなんとしても次の電車で座って
寝なければならない。
文庫本がもし知人だとして、
お互いに認識したら
2人とも並び直さなければならない。
そして苛立つ人々を他所に、
小学校4年生並みの会話を繰り広げるだろう。
そもそも、文庫本がその男であるのか
確信が持てていないのだ。
川崎を電車が通過した。
列を成す我々が降ろされた理由は、
グリーン車より高い有料列車を優先するためだ。
世の正しい構図だ。
もう眠気はピークだ。
数十分後に川崎駅に到着した電車では、
無事に座ることができ寝た。
川崎から戸塚までの睡眠で、
この1ヶ月の疲れはとれた。
この出来事をブログに投稿した。
コメントが入っていた。
文庫本からだ。
「おなじ電車だ」
文庫本は、私の知人だった。
あれほど眠りたかった私だが、
不思議なものでなんとなく損した気分だった。
やはりLINEを送るべきだったのかもしれない。
今の私は、疲れと同時に相当なストレスを抱えている。
文庫本との下らない話で
それらを発散できたかもしれない。
今からでも席を移って文庫本を探すか。
しかし、もう文庫本は同じ電車にいないのだ。
私たちが乗った電車は、
戸塚駅で後続の列車に抜かれた。
文庫本は乗り換えたらしいのだ。
私はそれ以上寝ることなく、
ただ1人最寄駅に列車が着くのを待った。
タバコを切らしていた。
日付が変わった。