シンガーゆまさん🎵@yumartist
シンガーゆまさん🎵@yumartist
憲ちゃんは蕎麦屋の誉くんの家の
小銭を盗んだりと手癖が悪いのですが、まさか僕のモノまで盗むとは信じられなかったことがありました。
北海道弁で「ばくる」は「交換する」という意味で、僕と憲ちゃんは「仮面ライダーカードのばくりっこ」をすることになりました。
同じカードがダブっていたりとお互いに不要なカードを交換するのですが、ある日、その「ばくりっこ」を僕の家ですることになりました。
憲ちゃんは自分の要らない1枚のカードと
手に入れたいカード2枚を言葉巧みに「ばくらせる」そんな技を持っていました。
宥めすかし、嘘をつき、時には泣き落とし、おだてたりどう喝を繰り返す、そんな技を身に付けていました。
そして友達の多くが「ばくりっこ」で憲ちゃんに被害を被っているのでした。
さて、結局大損した気になるような「ばくりっこ」も終わって自分のコレクションを確認するとカードを入れる「アルバム」がひとつ消えていることに気がつきました。
僕は直ぐに憲ちゃんが盗んだのだと確信しましたが、両親は「友達を疑うもんじゃない!」と叱るのですが、それは憲ちゃんの様々な盗みのことを知らないからそう言えるのです。もっと言えば、そんな憲ちゃんをもう友達とは思ってないのです。
僕は言い方を考えて憲ちゃんに電話することにしました。
「憲ちゃん、さっき帰る時に間違って憲ちゃんのカバンに僕のライダーアルバムが入ったりしてないかな?」
「う、うん。ちょっと待ってて。調べてみるからさ。(しばし探している様子)見てみたけどやっぱりないよ。玄関とか探してみた?
一緒に探してあげるからこれから朴ちゃんの家に行っていいかい?」
暫くして憲ちゃんがやってきて、そんなところに落ちているはずもない玄関の端っこを懸命に探して(フリをしている)いたと思うと突然、
「あ、あった!朴ちゃんあったよ。こんなところに落ちてたよ!」
と大声で(わざとらしく)叫んだのです。そこは自分でも一番に探したところでしたからアルバムが落ちている訳がありません。
そうこうして、憲ちゃんが帰った後に「ほら、友達を疑うもんじゃないだろ〜」とまた叱られた私は
渋々と非を認め見つかったアルバムを開いてみるとなんと!
表紙裏に「茅野憲一」とボールペンで書いた名前が砂消しで消しきれずに残っていたのでした!
盗んだモノに早速自分の名前を書いて、バレそうになって証拠を消す。そのやり方ももう少し考えれば良いものを。
憲ちゃんがアルバム探しと称してやってきて、玄関の二枚引き戸の隙間からアルバムを中へ滑り込ませ、あたかもそこに落ちていた
ような芝居をしたのです。
表紙裏の消し損じた愚かな筆跡を両親に見せると母親はなんと
「憲ちゃん、やっぱりね〜。思った通りだったわ。ほら、憲ちゃんのお父さん本当のお父さんじゃないからね〜、やっぱりね〜。ウチは本当のお父さんで良かっね〜。」と偏見に溢れた母の発言は憲ちゃんの愚かな行為よりもっと愚かで哀しく響くのでした。
相変わらずの憲ちゃんにはがっかりしましたが、母には呆れてもっとガッカリしたのでした。
僕にとっての「仮面ライダー」はそんな哀しい記憶が付きまとっているのでした。
誉くんの家に憲ちゃんがよく遊びに行くようになりました。
だから僕はあまり誉くんちに行かなくなりました。
あまり遊びに行かないものだから、学校帰りに誉くんちの蕎麦屋の前を通り過ぎる度に、色白の綺麗なお母さんが出てきて、「朴くん、この頃、遊びにこないね。妹の麻紀も心配してるから、また来てね。」と言ってくれます。
誉くんの色白で綺麗な顔はお母さん似なんだなぁ、とかぼんやり思いながら会釈して過ぎました。
憲ちゃんがひとりで誉くんちに行くようになってから、憲ちゃんは羽振りが良くなって、僕に奢ってくれるようになりました。
初めは憲ちゃんに奢ってもらったことをお母さんに話していて、お母さんは憲ちゃんのお母さんにお礼したりしていましたが、何度もそれが続くと変に思われて、憲ちゃんは「朴ちゃん、俺が奢ったことを誰にも言うなよ!
言ったら今までのもの全部返してもらうからな!」と無茶苦茶です。
そう言う憲ちゃんの眼はいつも誰かを探っているようにスッと細くなるのでした。
「憲ちゃん、どうして沢山お小遣い持ってるの?」
憲ちゃんは黙って口を利きません。少し怒ったように下を向いています。
「憲ちゃん、もう奢って貰わなくてもいいから、今までの返すよ。お母さんにも話してるし。」
「朴ちゃん、今から誉んち行こうぜ!」
「嫌だよ、行きたいならひとりで行きなよ!」
「朴ちゃん、いいこと教えてやるから、一緒に行こうぜ。な、頼むから!」といつになくへこへこする憲ちゃん。仕方なくお蕎麦屋さんをやっている誉くんちに一緒に行ったのです。
久しぶりに僕が来たので誉くんは嬉しそうで、一緒に漫画を読んだり野球盤やサッカーゲームをしましたが、憲ちゃんは昔からそういうのに興味がなくひとり退屈そうにしていました。
一息ついて誉くんが一階にジュースを取りに行きました。その時、憲ちゃんがムクッと起きてきて
「朴ちゃん、向こうの座敷の部屋見えるだろう?そうそう、タンスの上。フランス人形の横にお酒の瓶があるでしょ。あそこに100円玉が沢山入っててさあ。少し貰って帰ろうぜ!」
「え、何言ってんだよ?それじゃあ泥棒じゃんか!あ、今までのやつ全部誉くんちから盗んだやつだったんだ!」
「そうだよ。沢山あるから一回に一枚二枚全然わからないよ。な、一緒に盗もうぜ!」
そう、今まで憲ちゃんが羽振りが良かったのは友達んちからくすねたお金のためで、知らなかった僕はそのお金を使っていたことになるのでした。悲しいのは憲ちゃんには悪気がないことでした。
「憲ちゃん、お金返しなよ。ないならもうすんなよ。謝れよ。ばれるよこんなことすぐに。」
「バレやしないって、さあ、ちょっと貰って帰ろっと。朴ちゃん誰にも言うなよ。お前だって共犯なんだからな」
「共犯じゃないよ。でも、自首するよ。」
「止めろよ、止めてくれ、」と慌てる憲ちゃんは僕の胸ぐらを掴んできました。あ~
何だか悲しくなって涙が出てきました。
結局、憲ちゃんはひとりで盗んでることが怖くなってきて、僕を巻き込もうとしていたのです。
お酒の瓶に入っていた100円玉が憲ちゃんが遊びに来た日に限って少なくなっていることに誉くんのお父さんもお母さんもとっくに気づいていて、それでも、憲ちゃんがいずれ謝ってくるのを学校にも憲ちゃんちにも言わずに待っていたことを知ったのは中学生になってからでした。僕もそれを聞くまで黙っていました。
あの日、僕に悪事を打ち明け誘い込もうとした日から100円玉が減ることはなかったようです。
僕と誉くんは同じ高校に行き、憲ちゃんは別の高校に行くようになり、高校卒業後、内地の企業に就職し直ぐに結婚したとのことですが、今頃どうしているのかな。
もう50年前のお話でした。