老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

団地にも「夏は来ぬ・・・」

2021年05月11日 19時55分54秒 | 散歩中に見かけた風景

 コロナ騒ぎで外出もままならない方々も多い中で、外出を自粛せねばとは思いつつも、ツレアイにそれを理解させるのは難しく、つい「せめて近くの人出が少ない所だけは、何とか、行かせてよ…」という気持もあります。

 昨年までと比べると、外出は極端に少なくなっているでしょうが、この時期の花の変化は著しくて、数日間が空くと様子が大きく変わっています。

 最近、団地内で見かけた花の様子をお知らせします。

 また、我が家のベランダでは3株のストレリチアが次々に花を付けていますが、そろそろ終わりに近付いたようにも思えます。(まさ)


ウノハナ(=ウツギ、ユキノシタ科)

同上

シモツケ(バラ科)

同上 蕾も可愛いです

ピラカンサ(バラ科)

同上

ハクチョウゲ(アカネ科)

同上

アケボノフウロ(フウロソウ科)

同上


ベランダのストレリチア


歌謡曲と母親の事

2021年05月10日 19時12分01秒 | 思い出すままに

(今日はすっきりとした五月晴れ。ツレアイの在宅日なので、手伝わせながら何とかツレアイの分の衣替えだけは終わりました。私の分は後日にゆっくりとします。)


 最近のツレアイは新聞やTV番組などには全く興味もなく、私がかけているTVを興味があれば観ているような状態ですが、お世話になっている高齢者施設から頂くデイケア参加日のレポートでは、昔懐かしい曲のCDやカラオケがかかると、曲に合せて口ずさんでいるということでした。

 以前に書き込んだと思いますが、ツレアイはどちらかと言うとカラオケは嫌いな方で一緒に行ったこともありませんし、車に設置していたオーディオにも格別な興味を示す方ではなかったの、家でそのような習慣がなかったのですが、やはり病気の進行と共に興味ある対象が変わったのか或いはそれしか気を引くものが無くなったのかと思い、最近は我が家でもTV欄をチェックして出来るだけ歌番組に合せるようにしています。

 改めてチェックし始めると、コロナで在宅時間が多くなったせいかも知れませんが、歌の番組が多いことに驚きます。特に懐かしい昭和歌謡とかかって口ずさんだホークなどが多くて、ツレアイだけでなく、私もTVに見入っている事もあります。

 お陰で、昔懐かしい曲を聞けるだけでなく、忘れていたかって有名だった歌手の姿を見て非常に懐かしく思っています。
中には、私よりもはるかに高齢者が出てきて、出なくなった声で歌っているのを聞くと少し痛ましい様な気持になることもありますが、周りから見れば私も同じなんだろうと納得しています。


 そんな今日この頃ですが、昨日は買い物に行った時に花が沢山目に付き、前日が「母の日」だったことを思い出し珍しくカーネーションを買ってきて仏前に供えました。
そんなことがあったからか、夕食後にツレアイに付き合ってTVの歌謡曲番組を見ていると、不意に母の事を思い出しました。


 母は元々心臓の持病があったのですが、私の離婚問題や長女の若くしての病死などが重なり心労のためか、70歳で心臓のカテーテル検査時に急死したのですが、思い出したのはまだ私が学生時代の昭和30年代後半の頃のことです。

 その頃やっと我が家にも来たTVを皆で観ていて、丁度当時全盛だった音楽番組の時だったと思いますが、母は「私は、歌謡曲は余り好きやない。 特に一郎/二郎/三郎とか八郎は好かん!」と言ったのです。

 鳥羽一郎/冠二郎/北島三郎/井沢八郎さんの名誉を汚すわけではないのですが、母は小学校の教師をしていた関係があるかも知れませんが、元々余り歌謡曲は好きではなく、特にいわゆる演歌は好みではなかったようで、演歌を代表するのが〇郎さんということになったのでしょう。

 思い返せば、私も(そして、ツレアイも)若い時には母同様に余り演歌は好きではありませんでしたが、この年になると少し変わってきましたし、母がもう少し長生きしてから、演歌を聞いたとすれば、どうだったでしょうか? (まさ)


仏前のカーネーション


食べるのが楽しみ 

2021年05月09日 19時23分11秒 | 食べ物

 昨日はあまり天気も良くないので、自宅の片付けや掃除などをしましたが、買い物時に美味しそうな材料が沢山目に付き、豪華な夕食となりました。

 まるでちょっとしたレストラン並みの9品もがテーブルに並びましたが、流石にすべては食べきれずにタイの荒焚きは半分以上が明日への繰り越しとなりました。

 また、今日はツレアイがデイケアに行く日ですが、テニスコートの閉鎖でテニスも出来ず、1人で河川敷にハチクを採りに行って来ました。

 結構収穫がありましたが、先日食べた所なので、今日の収穫分は湯掻いておいて保管することにしましたが、その一部を夕食時に少し変わった食べ方でタコや刺身コンニャクと共に酢味噌で食べてみましたが、これが結構いけました。

 また、私の昼食は河川敷からの帰りに買ってきたチーズピザ。
これに、我が家の習慣としてチリメンやベーコンを載せ、こんがりと焼いた後パクチーソースとラー油を掛けていただきました。

 こんな食事ばかりしていては、痩せられないのは仕方ないですが、外出や運動もままならない中で、食べるのが大きな楽しみです。(まさ)


昨夜の豪華食事。
手前マグロヤマカケから時計回りに、ズンダ豆腐(少し甘みのある、枝豆を使用したものです)、メザシ、モズクとチリメンの酢の物、ホウレンソウのおひたし、タイの荒焚き、ヤマイモバター焼き、アサリ酒蒸し、ワンタンスープ


今日の昼食 


今日収穫のハチク

湯掻いて保管

夕食で、タコと刺身コンニャクと共に酢味噌で食べました


ややこしい日本語  その⑰ ~唐変木(とうへんぼく)と朴念仁(ぼくねんじん)~

2021年05月08日 19時44分57秒 | 面白い言葉や語源など

 「唐変木」(とうへんぼく)は、気のきかない人物、物分かりの悪い人物をけなしていう言葉ですが、その語源については、<日本語俗語辞書>に拠ると、

 「遣唐使が持ち帰った変な木から」「唐(外国)の変わった木偶人形から」などと言われていますが、これ以外にもいくつかの語源説があるが詳しいことはわかっていない。
 古く江戸時代(語源によってはそれ以前という説も?)から使われている言葉だが、昭和後期辺りから使われることが少なくなっており、現代では一部中高年が使う程度になっている。

 とあります。 

 この「唐変木」と良く似た言葉に、「朴念仁」(ぼくねんじん)があり、これは“無口で無愛想な人、頑固で物の道理のわからない人”という意味がありますし、“自身に向けられた(恋愛に関する)好意に気付かない鈍感な人”という意味も含まれ、恋愛に関して、疎い人を表します。

 一見韓国語のように思われますが、和製漢語のようです。
 「朴」は“飾り気がない・素直”、「念」は“いちずに思いをこめる・思い詰めた考えや気持ち“、「仁」は“他者への思いやり・情け・人”を表します
主に男性を形容する際に使う言葉で、女性に対しては全くといって良いほど使いません。(まさ)


近くで見かけた花たち 

2021年05月07日 19時16分17秒 | 散歩中に見かけた風景

 この時期には色々と花が咲きますが、花の期間が短い為か、或いは新しい種類の花が入り込むためか、長年住んでいる団地内でも、“あれっ、こんな所にこんな花が・・・”と思うような新しい気付きもあり、散歩が非常に楽しいです。

 団地内や、近くで見かけた最近の花たちを紹介します。(まさ)


キソケイ(モクセイ科)。カタカナの「ソ」と「ン」は判りにくいですが、「ソ」です。「ソケイ(素馨)」はジャスミンを意味し、「黄色いジャスミン」ということになりますが、あまり香りはしません。

同上

チリアヤメ(アヤメ科)。初めて目にしましたが、芝の合間に咲いていた非常に小さな花です。

ヒメヒオウギ(アヤメ科)

同上

エゴノキ(エゴノキ科)

同上

同上

ハクチョウソウ(=ガウラ、アカバナ科)ベランダで咲きました