そこは僕が小学校6年のときに転入した、当時話題になっていたオープンスペースの真新しい小学校の校舎の廊下と似ていた。斬新なデザインで、床はカーペットで、教室にドアがないのだ。その廊下もちょっとしたホールのようになっていて、そこ自体がまたひとつの部屋として使えるようになっている。
ドアという境界線がないのだ。
オープンスペース。
その廊下というか広場には、何人かの臨床心理学の大学教授と、若くてまじめそうな、たぶん大学院生であろう5、6人の男女がいた。
しかし彼らはひどく困惑していた。
そこにはたぶん小学校高学年の小さな男の子がいて、ひどい癇癪を起こしていて、彼らはどうしていいか分からずに困り果てていたのだ。彼らは僕の姿に気付くとほっとした様子をみせ、
「あ、XXX先生!」、
と一斉にいった。大学教授の女性がこちらに足早に歩いてきて、その男の子の対応に困っているのだと説明した。カラフルな縁の眼鏡をかけていた。たぶん50代半ばぐらいだと思う。分かりました、僕にまかせてください、と自分は答え、少年の方に歩いていった。彼らは黙ってうなずくと、少年と僕を残して、そのオープンスペースの壁の向こうの教室に入っていった。彼らの姿は見えなくなったが、誰もが壁に耳をそばだてているのは分かった。
少年と僕の2人。
そこは大きな窓がたくさんある明るいホールで、冬の午後の穏やかな光がまぶしいぐらいだった。
僕はひざを屈めて、少年の目線の高さに目を合わせた。目をあわせたときには、先ほどまで前面に出ていた彼の敵対心は失せていた。僕が敵ではないということが直感的に分かったのだろう。
少年は少し不安そうに言った。
「将棋をしていてね、みんな僕の気持ちを読むでしょ。何しても、僕の考えていること、分かっちゃうでしょう?」
僕は笑って穏やかに答えた。
「いや、そんなことはないと思うよ。確かにね、君が明らかに攻撃しているとき、それから、明らかに防御に入っているとき、ひとは君の心を読むかもしれない。でもね、それ以外のとき、ひとは君が何を考えているのか、分からないと思うよ」
「本当に?」
「うん、本当だよ。そういうとき、誰も君の気持ちを読めないし、君の心は自由なんだよ」
「そっか、よかった!僕は自由なんだね!」
そう言った少年の表情は見違えたように明るくなっていた。
そうだよ、だから、恐れることはないんだよ、と繰り返すと、少年はぴょんと軽く飛び跳ねて、ありがとう、といって向こうのほうに駆けていった。
そこで先ほどのカラフルな縁の眼鏡の大学教授と学生達が壁の向こうから一斉にでてきて、「さすがXXX先生!」「お見事です!」などと僕と少年とのやりとりを賞賛した。そうだ、これが今の自分の実力だ。そしてこれこそが、誰とでも深く繋がることこそが、僕のやりたいことだ。この感覚をよく覚えておこう。皆の拍手のなか、そう思いつつ、目が覚めた。
やれやれ、ずいぶんと妙な夢をみたものだ。
ドアという境界線がないのだ。
オープンスペース。
その廊下というか広場には、何人かの臨床心理学の大学教授と、若くてまじめそうな、たぶん大学院生であろう5、6人の男女がいた。
しかし彼らはひどく困惑していた。
そこにはたぶん小学校高学年の小さな男の子がいて、ひどい癇癪を起こしていて、彼らはどうしていいか分からずに困り果てていたのだ。彼らは僕の姿に気付くとほっとした様子をみせ、
「あ、XXX先生!」、
と一斉にいった。大学教授の女性がこちらに足早に歩いてきて、その男の子の対応に困っているのだと説明した。カラフルな縁の眼鏡をかけていた。たぶん50代半ばぐらいだと思う。分かりました、僕にまかせてください、と自分は答え、少年の方に歩いていった。彼らは黙ってうなずくと、少年と僕を残して、そのオープンスペースの壁の向こうの教室に入っていった。彼らの姿は見えなくなったが、誰もが壁に耳をそばだてているのは分かった。
少年と僕の2人。
そこは大きな窓がたくさんある明るいホールで、冬の午後の穏やかな光がまぶしいぐらいだった。
僕はひざを屈めて、少年の目線の高さに目を合わせた。目をあわせたときには、先ほどまで前面に出ていた彼の敵対心は失せていた。僕が敵ではないということが直感的に分かったのだろう。
少年は少し不安そうに言った。
「将棋をしていてね、みんな僕の気持ちを読むでしょ。何しても、僕の考えていること、分かっちゃうでしょう?」
僕は笑って穏やかに答えた。
「いや、そんなことはないと思うよ。確かにね、君が明らかに攻撃しているとき、それから、明らかに防御に入っているとき、ひとは君の心を読むかもしれない。でもね、それ以外のとき、ひとは君が何を考えているのか、分からないと思うよ」
「本当に?」
「うん、本当だよ。そういうとき、誰も君の気持ちを読めないし、君の心は自由なんだよ」
「そっか、よかった!僕は自由なんだね!」
そう言った少年の表情は見違えたように明るくなっていた。
そうだよ、だから、恐れることはないんだよ、と繰り返すと、少年はぴょんと軽く飛び跳ねて、ありがとう、といって向こうのほうに駆けていった。
そこで先ほどのカラフルな縁の眼鏡の大学教授と学生達が壁の向こうから一斉にでてきて、「さすがXXX先生!」「お見事です!」などと僕と少年とのやりとりを賞賛した。そうだ、これが今の自分の実力だ。そしてこれこそが、誰とでも深く繋がることこそが、僕のやりたいことだ。この感覚をよく覚えておこう。皆の拍手のなか、そう思いつつ、目が覚めた。
やれやれ、ずいぶんと妙な夢をみたものだ。