砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

Radiohead「Kid A」

2017-06-08 12:20:15 | イギリスの音楽



不安が逆に気持ちいいアルバム


勢い余って変な副題をつけてしまった。
いつも夏休みの宿題とかジョギングとか、ありとあらゆる試みが三日坊主で終わっていた私だが、奇跡的にこのブログはきちんと更新することができている。そのため今後ものすごい異常気象、あるいは更新世のような気象変動が襲い掛かってくるかもしれない(更新だけに)。氷河期が来たら仕事に行かなくて済むかな。

作品を紹介する前にちょっとした小話を。彼らと同じ英国の詩人、John Keatsは弟に宛てた手紙のなかで、芸術のひとつの重要な要素としてNegative Capabilityという考えを挙げた。直訳すると「負の能力」ということになる。これはどんな概念かというと「不確かなものを、不確かなままにしておける力」だ。何のことかさっぱりわからない方もいるかもしれないが、例えばテストで難しい数学の問題や「存在するとはどういうことか」みたいな哲学的な問いに直面した場合の事を想像してみて欲しい。あなたはどんな気持ちになるだろうか。
人間は「不確かなもの」や「わからないもの」に直面したときに、不安やフラストレーションを感じる。そのさい、すぐにgoogleで検索をかけて「ふうん、こんな感じね。もう大体わかったよ」となる人もいれば、あるいは「別にそんなこと知らなくたっていいや、興味ないし」と酸っぱい葡萄のように思う人もいるだろう。つまり行動して解決するか考え方を変えて解決するか、そういった行為を無意識のうちに行っている。

でも不安を感じてすぐにわかろうとするのではなく、もっとそのことをつきつめて考えたい、それが逆に好奇心を刺激して心地いい、なんかよくわかんないけどムッチャ気持ちいい、もっとわかんないことを下さい!!みたいになるのがNegative Capabilityの高い人だと言える。Keatsはシェイクスピアを例えに出して「ある種の天才たちに認められる能力である」と語っている。
なんでこんな話をしたかというと、このRadioheadというバンドもきっとNegative Capabilityがとても高いと思うからだ。安易に過去の焼き増しをせず、常に変化や進化を目指し、全身全霊をかけて新しい作品の生み出している、創り出している。彼らの音楽を聴いているとそんな気がする。しかしながらその変化があまりにも大きすぎて聴く側がすぐに理解、あるいは消化できない場合もある。われわれ聴衆は、自分の好きなアーティストや小説家が新しい作品を出したとき「前とまったく同じじゃつまらないけど、ある程度前作の延長線上にはあってほしい!お願い!」と知らず知らずのうちに願っている。でもそういった期待はときに裏切られるものだ。そしてそんな期待をガンガン裏切ってくるのが彼ら、Radioheadである。


恐らく一番リスナーの期待を裏切ったのがこのアルバム『Kid A』だろう。『The Bends』から『OK Computer』の飛躍は大きかったものの、1作目から3作目までは一応ギターロックの範疇に入っていた。しかし世界中で大ヒットした『OK Computer』の次に3年の時を経てリリースされた本作はエレクトロニカ、ポストロック、時にジャズの要素が入っていて、これまでの作品とは全然違うものだった。ギターとかほとんど弾いてないし、使っていたとしてもエフェクトをかませて効果音みたいに使っているし。えっ、それだったらもうギターじゃなくてよくない?ていうかなんでこんな作品にしたの?とまあいろんなところで物議をかもしたのだけれども、個人的にはこのアルバムがものすごく好きなので取り上げたいと思う。

内容に入っていこう。1曲目の「Everything in its right place」、無機質なリズム、細切れにされたり加工されたりして情感の薄いヴォーカル。そして「Everything in its right place すべてが正しい場所に」「Yesterday I woke up and sucking a lemon 昨日、目が覚めてレモンをしゃぶったんだよ」という謎の歌詞。よくわかんないけどいい曲だ。4拍+6拍のリズムだが不自然さがまったくなく心地よいのである。ライブでの演奏もとても格好よい、リズムは無機質だが演奏は非常にいきいきしている。

Radiohead - Everything In Its Right Place, Live Paris 2001


2曲目はタイトルトラックの「Kid A」、とても地味だけどいい曲なんだけど地味だ。ヴォーカルにはエフェクトがかかっていてなにを歌っているのかよくわからないし。続くM3「National Anthem」はずっと同じフレーズを繰り返すベースとドラムに、後半になると金管楽器の絡みつくようなフレーズが加わっていく。特にトロンボーンやトランペットの音がものすごく不穏でときに不快にすら感じられるのだけれど、リズム隊はくどいくらいの繰り返しなのでどこか安心する。この不穏と安心のバランスが絶妙。余談だが、その昔温泉に向かっている途中、母が運転する車のなかでこの曲をかけていたら「あんた、頭がおかしいんじゃないかね?」と言われた。頭がおかしいのは私ではない、彼らだ。

そして4曲目になってようやくギターの音が聞こえてきたかと思うと、タイトルは「How to disappear completely」(完全に消える方法)という不穏なものだし、曲中では何度も「I’m not here ぼくはここにいない」と歌っている。
話がちょっと逸れるけれども、Radioheadは全体的に歌詞の抽象度が高い、特に『OK Computer』以降その傾向が強い。かと思えばものすごく具象的なフレーズが時に出現する。上述したM1「Everything~」も「すべてが正しい場所に」と歌ったあとにレモンの話が出ているし(梶井基次郎かよ)、M8「Idioteque」の歌詞では

I’ll laugh until my head comes off 頭がもげるまで笑い続けるよ
Women and children first and children first… 女と子どもが先 子どもが先…
ice age coming ice age coming 氷河期が来る 氷河期が来る


と、きれぎれになった言葉が並べられていて、ざっと読んだだけでは白痴や精神病を思わせるような歌詞だ。とはいえ、そういった歌詞が気持ち悪く聴こえるかというと、不思議とそうでもないのである。

歌詞が一番好きなのは、アルバムのなかでもわりにシンプルなM6「Opitimistic」

Radiohead - Optimistic - Live From The Basement [HD]


You can try the best you can
You can try the best you can?
The best you can is good enough
If you try the best you can
If you try the best you can
The best you can is good enough

きみが 最善を尽くしたなら
きみが 最善を尽くしたのだとしたら
もうそれで十分だよ
もしきみが 最善を尽くしたのなら
もしきみが 最善を尽くしたのなら
もうそれで十分だよ


彼らが素直にねぎらいの歌なんか歌うはずがない。なんだか投げやりな気もするし、「それがきみの本当のベストなの?」という皮肉にも聞こえる。でもどこか安心する。不思議な感覚の曲だ。

話がどんどん長くなっていくからこの辺にしておこう。書いていてむっちゃ疲れたのもある、彼らの作品について語るのは非常に消耗するのだ。言い忘れたけどM8「Morning Bell」も不穏な空気が漂っているが、後半のベースとギターの絡み合いが良くて好きな曲だ。これもM3と同様、基本的に上モノ(ギターや金管)が不穏な空気を作り出し、リズム隊(ベースとドラム)が安定感を作り出しているのだろう。


ともかく、フロントマンのトム・ヨークの変化についていくほかのメンバーもすごいし(特にエド)、これでOK出したプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチもすごいと思う。ただこのアルバムを流れる不穏な感覚、こちらに伝わってくる不安の感情は、きっとトムのなかで「わからないものととことん付き合っていった」過程のなかで昇華されていったものなんじゃないだろうか。『OK Computer』が(おそらく)本人たちの予想を上回って爆発的に売れたあと、「なんでこんなことになったのか」そして「今後どうしていったらいいか」「これからどんな音楽を作っていったらいいのか」本当にわからなくなってしまったのだろう。トムはかなり精神的に不安定になっていたという、書痙にもなったらしいし。でも彼らは見事にそれを乗り越えて、新しい道に進んでいったのだ。