「熊 出没注意」の看板を横目に見ながら、熊除けの鈴を腰に鳴らし、ブナの林を登ってゆきます。
頂上まで2500mと記された黄色い表示板が、草葉の中に埋もれていました。
斜面を横切る道の中、雪の重みに耐えかねたブナの木が一本、自然の摂理の中で、与えられた命を全うしようと、朝の寛ぎの時を迎えていました。
周囲に、若いブナ達の育ちあがる姿が見えています。
風のない静かな森の朝に、幾万年前から繰り返された、役目を終えつつあるものと、新たに育ちあがるものが発する生のエーテルが入り交じり、それらが淡い霧となって、森に流れ漂います。
見慣れたはずのミヤマウツボグサに、青紫のグラデュエーションを見出しました。
青に仄かな紅を流し込んだようなグラデュエーションは、ヒマラヤで、ホリゾントの下から陽光を受け、神々の峰を包んだ、黎明の空を思い出させます。
その横で、イヌトウバナが慎ましやかな表情で道行く人を見上げます。
この山も、あの山も、命の華やぎに飾られているのです。
なだらかな尾根道を登ってゆきました。
登り始めて40分程で森林限界を抜けたようです。
目の前に、ほぼ同じ高さで、大千軒岳のピークが見えてきました。
頂上まで、あと 1200mの道標が現れました。
タカネナナカマドがササの茂みから葉を覗かせています。
標高の割に、木々の高さが抑制されているように思えます。
この尾根は、夏の一時期を除き、絶え間なく風が吹き荒び、人間を寄せ付けない場所なのかもしれません。
ミネザクラが、人の背丈ほどの慎ましやかな風情で、葉の下へ、真紅の果実を覗かせていました。
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