スーのCuriosityⅡ

ブログのテーマは、好奇心。
わくわくドキドキ、好奇心いっぱいの楽しい生活をおくれますように。

液状化現象

2011-03-13 16:36:11 | つぶやく

イオンに商品がない!と友人たちがメールしてくるので、
私も行ってみました。

地震の影響で商品が届かないという貼紙があって、
パンや牛乳などの棚は何にもない。

カップ麺は在庫まで売り切っているようで、
長い商品棚が全てすっからかん。

納豆棚も何もかもがない。
こんなに売る物がないイオンなんてありえない。

我が町は液状化現象の被害が著しく、
この後、地盤沈下とかそういう問題も出てくるではないかと心配です。

公園も噴出したヘドロのような土でいっぱいになっていました。
噴出した穴が所どころに見られます。



このような土の部分だけじゃなくて、
アスファルトの道路からも、泥水のようなものが吹き上がった場所がいくつもあるので、11日は大変だったそうです。

専門家の人たちに地盤沈下がおきる場所がないか、
しっかり調査してもらいたいです。

大きなマンションとか、傾いてしまったら大変です。

新聞の夕刊で読みましたが、
輪番停電も山梨県から始まるそうですね。
広範囲の停電を避けるために、
3時間ぐらいずつ順番に停電をさせて、電力量を抑えるんだそうです。

冷蔵庫の生ものが腐らないように、クーラーボックスを用意しておかないとね。

節電対策で我が家もとっとと寝ることにします。
しばらくPCを立ち上げることがないかと思いますが、
ご心配なく。

地震

2011-03-13 10:04:13 | つぶやく


ご心配いただいてメール等でご連絡をいただいたみなさんありがとうございます。

12日の昼頃、無事に家に帰宅できて、昨晩はぐっすり眠ることができました。

11日の最初の地震発生の時、私はオフィス(19F)にいて、
自席からちょっと離れた所で、資料を見ながら立ち話をしていました。

床からポンポンポンという弾むような縦揺れを感じ、
周りの人たちとこれって地震じゃない?と言った瞬間に、
横揺れが始まりました。

私のいるオフィスは、出来たばかりのビルで、
昨年夏に引越してきたのですが、
引越し後、免震構造のビル特有の円を描くような揺れを何度か経験していたので、
最初のゆっくりとした揺れの時はさほどのものとは思いませんでした。

あっという間に、ぐるぐるとビル全体が回るような揺れになり、
立って入られない状況になりました。
大きな地震を経験すると、時間がすごく長く感じられると言いますが、この地震は本当に長かった、、、。

オフィス内は壁際に固定していなかった大型のキャビネットが倒壊。

しばらく揺れが収まるのを待ち、貴重品を持ち、下へ避難ということになり、階段で下へ降りました。
まさかこの後にあのような大きな津波が東北の太平洋側を襲うことになろうとは。

下で解散となり、帰宅する人、オフィスに戻る人。

まだ余震があるし、家にも連絡したいし、私はいったんオフィスに戻ることにしました。

19階まで階段であがるのかと非常階段に向かう途中で、
待って!食料確保しないと!と、
すぐに近くのコンビニで、サンドイッチとカップヌードルと飲み物、バナナを買いこんでオフィスへ戻りました。

家にいるはずの母、父がこの日に限って高齢者の免許講習で、
免許センターへ行ってるはず。
我が家は、埋立地に家が建っているし、免許センターも埋立地。
大丈夫だったろうかと、心配で心配で。

やっとの思いで、19階に戻り、外を見ると、千葉の方向に火柱があがり、炎が見えています。(市原の石油工場の爆発)

千葉方向ということで、家のことが心配になり、
固定電話の電話番号にかけるも通じず。
母のピッチへ電話してみると、一発で通じて安否を確認することができました。兄とも連絡がつき、3人は無事。
父はピッチを持っておらず、連絡がつかないので、
帰ってくるまで心配でしたが、
16時半頃、無事に帰宅したと連絡がつき、ほっとしました。

歩いて帰るという人も多かったのですが、
私の家は、歩くには遠すぎる。

余震も続いていますし、夜になりますし、JRはその日、動かないということが発表されましたので、家族も会社にいる方が安心だろうと、会社で一晩過ごすことにしました。

結局、4分の1ぐらいの人たちが会社で1泊することになって、
電気も水も問題なく供給されていますので問題はありません。

下を見ると、車は大渋滞で全く動かず。
道路にはアリンコのように多くの人々が歩いて帰宅する様。
異様な光景が眼下に。

椅子に座ってうとうと寝たのですが、
うとうとできたのは、二時間ぐらいですかね。
その間も、携帯に何度も入ってくる緊急地震速報。
ビービービーと携帯が警告音を鳴らし、
地震が来ます注意してくださいというメールが来て、
数秒後にまた揺れるということの繰り返し。

JRの復旧が朝の7時とのことでしたが、直後に行っても、
無理ということはわかっていましたし、、
ゆっくりと出て、12日のお昼過ぎに帰ってきました。

帰りの電車もぎゅうぎゅう。
疲れた顔の人々ばかり。

今、この記事を打っている間も、
震度4の揺れがありました。

我が家の周りでも液状化現象で水が出たという場所も多いですし、
海が近いので、津波が来たら、どうなるのでしょう。
東京湾に津波の可能性は低いと聞いたことがありますが、
どこが震源地になるかわからないし、
恐いですね。

津波でなくなってしまった町のあとを見ると、
東北の方々のためにできることを考えたいです。