寝坊した。
とりとめのない夢の中に力道山がいた。
ぼくが小学生時代のわが家はテレビがなかった。
村にある唯一の食堂というかラーメン屋を営む同級生の
女の子の家でテレビを見ていた。
彼女んちの風呂釜が調子わるいと風呂を借りに来る、
母親同士が仲良しの家族ぐるみの付き合いだった。
白黒テレビは布におおわれ床の間の前に鎮座する。
プロレスの放送時間になるとひとりふたりと村人が来て、
せまい6畳間にすし詰めでもの珍しいテレビを見る。
プロレス・野球・相撲はルールを知らずに見ていた。
当時を振り返ればプロレスそのものより、
大人と一緒に喜んだりわめいたりするのが楽しかったみたいだ。
子供ごころに大鵬はカッコいい、野球はルールが難しい、
力道山は空手チョップの一撃で悪いやつをやっつける正義の
味方だと思っていた。
テレビを見ている部屋のフスマ1枚へだてた隣の部屋に
同級生の父親が病に臥せっていた。
右の肺に大きなデキモノがあると聞かされていたので
今でいう肺がんだと思うが...。
プロレスが終わり村人が帰っていったある日の夜、
興奮の余韻もさめやらず店先に座り力道山の話しに
盛り上がっていたとき、やたら騒がしい音がした。
同級生の母親が慌てふためきながら洗面器をつかみ
父親がいる部屋に転がるように駆け込んだ。
同級生に袖を引かれたぼくもあとについた。
洗面器いっぱいの血を見た。
枕を濡らす大量のどす黒い血とむせかえる匂い、
母親に抱えられ洗面器にごぼっごぼっと吐血する
父親の姿に足が震え、その場を動けなかった。
心の中で力道山にすがるぼくがいた。
同級生の父親はそのまま帰らぬ人になった。
あれから何十年も経つが力道山と聞いただけで
昨日のことのように思いだす。
郷愁はあきれるほど愛おしい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます