漁業経済学会の第65回大会が東京海洋大の品川キャンパスで開かれ、6月2日午前10時から『沿岸漁場の企業的利用と漁業権制度』をテーマにシンポジウムを行った。このシンポは加瀬和俊帝京大教授がコーディネーターとして企画し、水産庁の「水産政策の改革」を受けて養殖業を中心に漁業権の民間開放政策を批判的に検討した。タイムリーなテーマだったため、120人を超える参加者を集めた。
最初に宮澤晴彦代表理事(北大)が「当初から企画していたシンポのテーマに関わる情勢が急転し、5月24日自民党に示された水産庁の改革案を無視するわけにはいかない。賛成反対いろいろな意見を出して頂き、シンポが広く議論のきっかけとなるよう期待する」と挨拶した。
司会の佐野雅昭(鹿児島大)、田口さつき(農林中金)の両氏による進行でシンポに入り、佐野氏は「漁業経済に関わる者として今回の改革は避けて通れない。ぜひ傍観者にならずに、積極的に議論に参加してほしい」と述べ、コーディネーターの加瀬和俊氏(帝京大)が趣旨説明を行った。
加瀬氏は、当初用意していたシンポの内容が水産庁改革案によって変更せざるを得なった事情を説明し「水産庁の構想は全面的な制度改訂であり衝撃的なもの」として①企業的魚類養殖業の漁場利用実態②行政機関の行政様式とその背景③制度改訂の依拠する論理と漁業法の理念の衝突④提案されている制度はうまく機能するのか?⑤地域経済への影響を考えるとのシンポの論点を整理し、各報告の構成を説明した。
さっそく加瀬氏が「沿岸漁場の企業的利用をめぐる諸問題」を報告し、改革案の沿岸漁場利用に限定し問題点を指摘した。加瀬氏は「漁業者は結束し反対姿勢を貫くべき。全漁連の受け入れは全く評価できない。都道府県の行政との相互理解が大切。議論することで、互いの誤解が解かれ、改善の方向性が出てくる」と反対署名への協力を訴えた。
そのあと、「マグロ養殖企業の事業展開と漁場利用」鳥居亨司(鹿児島大)、「復興特区における漁業権行使・経営の経過と展望」綱島不二雄(元山形大学)、「漁業権の解釈・運用の問題点」佐藤力生(元水産庁、熊野漁協監事)の各氏が報告。
池田成己(アクアネット編集者)、竹田英則(愛媛県愛南町久良漁協)、大森敏弘(全漁連常務)の3氏がコメントし、大森常務は「水産庁の改革案は我々が求めたものではないが、岸宏会長は浜が良くなると信じて受け入れると決断した。同時に浜に十分な説明と理解が必要と求めている。将来にわたり改革が進み、歴史的な評価を得られるようJFグループは取り組む」と前向きな対応を強調した。
総合討論 「秘密裏」「説明なし」の決定プロセスに不満
総合討論では、佐野氏は「企業参入をきっかけにより良い沿岸漁場の利用制度となるよう考えるが、報告を通じて今回の改革案の課題や問題点も見えてきた」と述べ、各報告者への質問、意見など会場との質疑、討論が交わされた。
その中で、濱田武士氏(北海学園大)は「民間企業の養殖業参入は現行法でもできるのに漁業権制度を変えるのは、宮城県の水産特区を教訓にしていない」、佐藤氏は「漁業は現場が先行して制度がそれを追ってきた。制度が先行して現場を変えた例はなく、必ず失敗する」と苦言を呈した。また「今回の改革はずっと秘密で、都道府県にも説明していないし、漁業者は何も知らない」(濱本俊策香川県海区漁業調整委員会会長)、「改革案には養殖の将来ビジョンがなく、それを実現する制度改正になっていない」(濱田英嗣下関市立大教授)、「これが実現すれば、企業と漁協の力関係が変わり、企業の性質が前面に出て、漁協の交渉力で優劣がつく」(島居氏)といった懸念も出された。
こうした意見に対し、大森常務は6月1日の農林水産業・地域の活力創造本部で改革案がそのまま決定され、安倍首相のゴーサインが出たことを踏まえ「情報が少ない中で、全漁連はそのつど情報を提供し、理事会に対応を一任させてもらった。これだけのスピードで決まった改革なので、浜への説明や理解はこれからだと考えている」と述べた。「今回の改革で漁協にとってプラス面もあるが、株式会社化すれば外資が入る。その規制をどうするのか」(山下東子大東文化大教授)との問題提起も。
最後に加瀬氏は「いわば秘密裏に改革の成案ができ、決定されたプロセスにもどかしさを感じる。9月の法制化に向け、改めるべき部分は改めてもらう必要がある。開かれた議論が交わされ、多くの論点が出てきたのは良かった」とまとめた。
シンポのあと、加瀬氏と報告者は有志で共同記者会見を行い、反対の声をあげるよう訴え、著名活動の趣旨を説明。「署名は個人の立場で漁業経済学会の総意ではないが、50名の会員の賛同を集め、9月の法制化に向け反対の意志を表明する」方針を確認した。