-ピヤワーチャー(美辞)についてー
美辞とは愛らしく丁寧な話し言葉をいう。聴く人を気持ちよくさせるような言葉遣いのことであり、相手を思いいたわる言葉であり、上品な言葉遣いをいう。しかし、いくら丁寧でやさしい言葉遣いでもうそであったりしてはならない。言葉遣いとともにその言葉の内容が問題となる。そこで問題となる言葉を次の4つにまとめている。1つめは、虚言。うそをついて人をだますこと。2つめは、あてこすりで故意に人をそそのかしたりけしかけたり、ほのめかしたりいやみを言ったりすることである。3つめは、粗野な言葉、つまり言葉は人柄を表すもの、乱暴で下品な言葉である。相手を敬い愛する者の口からもれる言葉は粗野であるはずがない。そして4つめとしては無駄口である。暇つぶしにデタラメを言ったり時と場所をわきまえず下らないお喋りをすることである。こうした問題となる言葉遣いは当然軽蔑されてよい。言葉遣いくらいはと軽く考えてはいけない、と諭す。同じことを言うのにも言い方ひとつで相手の受け取り方はまるで違ってくるのである。尊敬されたり、軽蔑されたり、愛されたり、憎まれたり、遠い人を近づけたり、近い人を遠ざけたりする不思議なものとして「美辞:の教訓がある。
実際に、タイの友人と会った時に、実に心地よい小鳥が鳴くような響きのタイ語をメロディーのように聞かされたり、もの静かであるが、口角をいっぱいに動かし抑揚のある話しぶりをするのに感銘を受けることしばしばである。タイ語のもつ声調のせいだけではあるまい。経験的にタイ人は声を荒げたりする場面を極端に嫌い、逆にそんなときにはそれ用の微笑みをするような場面を幾度となく目撃してきた。
-アットチャリアー(他益)についてー
この徳は他人のためになる言動のことをいう。立派な人間は自分のことよりも人のためを思うことである。人に迷惑をかけることを何よりも恐れる。自分の利益よりも他人の利益をまず図る。さて、他益にも2種類があって、1つは具体的な行いにおける他益、2つは言葉における他益があるという。実際に目の前で溺れている人を救う、転んだ人を助け起こす、火事の時に鎮火に協力する、道案内をする、といった行ないの面で他へ役立つことである。これを「行いにおける他益」という。また、素行の悪い人に忠告をする。迷っている人に助言をする、怠けている子をいさめ勉強させる、酒におぼれている人に意見して禁酒させるなどは「言葉による他益」である。
-サマーナッター(謙虚)についてー
友情成立についての最後の徳であるが、おごらず高ぶらず心を謙虚に、ということである。この徳にも2つに大別される。「対人面における謙虚」の行いと「徳面にいける謙虚」の行いである。最初の対人面の謙虚の行いであるが、父、母、叔父、叔母、祖母、僧侶、学校の先生など、こうした人々には十分尊敬をはらうべきだし、敬うべきだとする。また、徳面における謙譲の行いとは国家的な祭日や仏教儀礼における種々の行事を奨励することをいう。
以上、教科書によれば友といつまでも仲良く付き合っていくためには以上の4種の徳を積むことによってゆるぎない友情が成立する、と説く。そして友情の成立はとりもなおさず世の中に生きる場合の一人一人の実践が最も重要であり、なければならない、としている。