『太陽』を観てきた。
軽い気持ちで観に行かないほうがいいと思う。本当に、緊張する映画って珍しい。
館内で、「はぁっ」という息つく声が漏れる位のシーンがあるから。
ウイルスにより夜にしか生きられなくなった人類と、太陽の下で生きられる人類。
ノクスとキュリオ。
夜にしか生きられなくなったノクスたちは高度な科学技術社会を形成し繁栄を、太陽の下で生きていけるキュリオたちは衰退の一途を辿っていた。
脳には報酬系と呼ばれる部位がある。
脳内の欲求が満たされたとき、あるいは満たされると分かったとき、その部位は活性化し個体に”快”を感じさせる。そういう部位だ。
僕はノクスたちの形成した世界を観て、ああ、<harmony/>の世界だ、と思った。
ノクスとキュリオ。
理性と本能。
太陽を挟んでその2つは接している。隔絶すると言うことは接しているということでもある。
ノクスは理性で行動を決める。報酬系が理性でコントロールされる。
だから、産まれた時に適正を見極めその生涯が決まる。選択がない、カースト制。
出生率を上げるために、妻が他の男とセックスしてもなんとも思わない。
それを受け入れることに苦痛を感じない。報酬は理性で決まっているから。
キュリオは本能で行動を決める。報酬系は本能でコントロールされる。
だから、良い暮らしがしたいとノクスになりたがる。
好きな女を自分の物にしたいと思う。犯そうと思う。
大事な人が奪われれば、奪った者を殺そうとする。
報酬系は本能で決まる。でも、それは苦痛に変わることもある。
つまり迷いがある。
結は望んでいなかったノクスになる。
誰よりもノクスに馴染んだ彼女を見て父は涙を流す。結はその涙を理解できない。理性で考え、報酬系が迷いなく機能している場合、喜ぶべきだからだ。でも、本能で考える父は、迷いがある。
僕は森繁というキャラクターにとても魅力を感じた。
彼はノクスで、行動も言動もノクスだ。理性で動くノクスだ。
でも、自分の母を死なせた叔父を殺そうとする鉄彦を、自分が太陽で焼かれながらも、鉄彦を制する彼の行動は、本能なのだ。
「だめだ!鉄彦!君はそっちに行ってはだめだ!」と。
理性的な行動だけれど、友を失いたくないという本能から出てきた行動。
森繁と鉄彦は旅に出る。海を見るための旅。ポンコツ車で。昼間は鉄彦が、夜は森繁が運転する。鉄彦も森繁も自分のいたところを捨てたという点では同じだ。
理性で考えれば、森繁はノクスの世界にいたほうがいい。でも、彼は旅を楽しんでいる。危険な旅を楽しんでいる。これは本能の報酬系の働きだ。
<harmony/>は、究極の理性の調和だった。それはノクスの世界そのものだ。僕は森繁の中に次の世界を感じる。理性の調和の中からの新しい変化。
本能の帰還。
森繁と鉄彦の旅は広大な世界に出て行く。
結は小さなノクスの世界に閉じこもっていく。
キュリオ。
キュリオだったノクス。
ノクスだった何か。
人類の報酬系はどんな世界を要求しているのだろうか。
軽い気持ちで観に行かないほうがいいと思う。本当に、緊張する映画って珍しい。
館内で、「はぁっ」という息つく声が漏れる位のシーンがあるから。
ウイルスにより夜にしか生きられなくなった人類と、太陽の下で生きられる人類。
ノクスとキュリオ。
夜にしか生きられなくなったノクスたちは高度な科学技術社会を形成し繁栄を、太陽の下で生きていけるキュリオたちは衰退の一途を辿っていた。
脳には報酬系と呼ばれる部位がある。
脳内の欲求が満たされたとき、あるいは満たされると分かったとき、その部位は活性化し個体に”快”を感じさせる。そういう部位だ。
僕はノクスたちの形成した世界を観て、ああ、<harmony/>の世界だ、と思った。
ノクスとキュリオ。
理性と本能。
太陽を挟んでその2つは接している。隔絶すると言うことは接しているということでもある。
ノクスは理性で行動を決める。報酬系が理性でコントロールされる。
だから、産まれた時に適正を見極めその生涯が決まる。選択がない、カースト制。
出生率を上げるために、妻が他の男とセックスしてもなんとも思わない。
それを受け入れることに苦痛を感じない。報酬は理性で決まっているから。
キュリオは本能で行動を決める。報酬系は本能でコントロールされる。
だから、良い暮らしがしたいとノクスになりたがる。
好きな女を自分の物にしたいと思う。犯そうと思う。
大事な人が奪われれば、奪った者を殺そうとする。
報酬系は本能で決まる。でも、それは苦痛に変わることもある。
つまり迷いがある。
結は望んでいなかったノクスになる。
誰よりもノクスに馴染んだ彼女を見て父は涙を流す。結はその涙を理解できない。理性で考え、報酬系が迷いなく機能している場合、喜ぶべきだからだ。でも、本能で考える父は、迷いがある。
僕は森繁というキャラクターにとても魅力を感じた。
彼はノクスで、行動も言動もノクスだ。理性で動くノクスだ。
でも、自分の母を死なせた叔父を殺そうとする鉄彦を、自分が太陽で焼かれながらも、鉄彦を制する彼の行動は、本能なのだ。
「だめだ!鉄彦!君はそっちに行ってはだめだ!」と。
理性的な行動だけれど、友を失いたくないという本能から出てきた行動。
森繁と鉄彦は旅に出る。海を見るための旅。ポンコツ車で。昼間は鉄彦が、夜は森繁が運転する。鉄彦も森繁も自分のいたところを捨てたという点では同じだ。
理性で考えれば、森繁はノクスの世界にいたほうがいい。でも、彼は旅を楽しんでいる。危険な旅を楽しんでいる。これは本能の報酬系の働きだ。
<harmony/>は、究極の理性の調和だった。それはノクスの世界そのものだ。僕は森繁の中に次の世界を感じる。理性の調和の中からの新しい変化。
本能の帰還。
森繁と鉄彦の旅は広大な世界に出て行く。
結は小さなノクスの世界に閉じこもっていく。
キュリオ。
キュリオだったノクス。
ノクスだった何か。
人類の報酬系はどんな世界を要求しているのだろうか。