隊長のブログ

元商社マン。趣味:ヒップホップダンス、ジャズダンス、日舞(新舞踊)、旅行、映画、スポーツ観戦。阪神タイガースのファン。

旅行記 第24回 『「しまかぜ」で行く伊勢志摩 3日間』 (その10)

2018年10月15日 | 旅行記


『「しまかぜ」で行く伊勢志摩 3日間』 (その9)⇒ https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/433f51e20bd0aaac2865b180a4abd914


【3日目:9月20日(水)】、19~22℃。英虞湾クルーズ。賢島駅から「しまかぜ」で名古屋へ。新幹線で帰京。


旅の3日目、三重県志摩市の英虞湾(あごわん)内の「賢島(かしこじま)」にある「賢島宝生苑(ほうじょうえん)」で起床したのが、午前6時です。


前日に見た天気予報では、90%の確率で雨でした。恐る恐る4階の部屋のカーテンを開けると、雨にけぶる英虞湾の姿でした。


朝食前に大浴場へ。「賢島宝生苑」は、伊勢志摩サミットの際、安倍首相の宿泊および議長国記者会見の会場として利用されたホテルです。


“朝なぎの湯”の庭園露天風呂から雨の英虞湾の景色を見ながら、湯に浸かりました。晴れていたら、もっと絶景を楽しめたのでしょうが。。。


8時半に2階のレストラン「英虞のうみ」へ。

 

朝食は、バイキング形式でした。


チェックアウトを済ませ、10時発のホテルの送迎バスで近鉄賢島駅へ。隊長たちは名古屋行きの「しまかぜ」を予約済みですが、既に満席の状態です。構内のコンビニで、旅行バッグを宅配便で自宅へ送付し身軽になります。


10時30分出航の英虞湾クルーズに乗船するために賢島港に向かいます。帆船型遊覧船「エスペランサ」が、見えてきました。


「エスペランサ」とは、スペイン語で“希望”を意味するそうです。


隊長たちが乗り込んだのは出航10分程前ですが、定員250名の同船の2階客室は、ほぼ満席です。雨が降っているので、3階展望デッキに上がる人はいません。隊長たちは、1階客室の操舵室の後ろに陣取ることに。約50分の英虞湾遊覧が始まりました。


湾内に大小60の島が浮かぶ英虞湾は真珠養殖が盛んです。


35分ほど湾内を就航し、真珠モデル工場を見学します。

 


工場内で、養殖真珠の母貝であるアコヤ貝への核入れ作業の実演を見学しました。


再び「エスペランサ」に乗船し、賢島港‎に戻ります。


下船して直ぐに予約していたタクシーに乗車。当初の予定では、横山展望台から英虞湾を見下ろすコースでしたが、運転手さんから「雲が出ていて、展望台から殆ど何も見えない。代わりに「伊雑宮(いざわのみや)」の参拝はいかがですか」との提案があり、もちろん異存はありません。


車は、近鉄志摩線に沿って走り30分ほどで「伊雑宮」の鳥居前に到着しました。志摩市磯部町にある「伊雑宮」は、「皇大神宮(内宮)」⇒ https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/0fd313b1239ff51c143c02da3d450dc4 の別宮で、祭神は天照大御神御魂です。


鳥居を潜り、左手にある手水舎へ。この運転手さん、伊勢神宮の臨時祭主に就任された黒田清子(さやこ)様が伊雑宮を参拝された時に、居合わせていたそうで、清子様が手水をされる様子を話してくれました。


伊勢神宮を創建したとされる倭姫命(やまとひめのみこと)も飲んだと云われている井戸。


「忌火屋(いみびやでん)」と「蕃塀(ばんぺい)」。蕃塀は、不浄なものの侵入を防ぐために造られたと云われています。


「古殿地(こでんち)の先に「伊雑宮」が。


参拝後に、「宿衛屋」で御朱印を拝受しました。初穂料は、300円。


尚、これまでに拝受した御朱印の数は、35です。


詳細は、こちらの記事一覧をご参照下さい⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/e23a591aa7b880a9e451c519dc5e14a5


鳥居と道路を挟んだ反対側には「伊勢三宮奉賛会献燈会」が建立した石燈籠がありました。


この石燈籠、伊勢神宮外宮から内宮まで参道にも540基設置されていましたが、老朽化が進み、災害時には倒壊の恐れがあるため伊勢市では撤去が進んでいます。しかし、ここでは暫くは安泰でしょう。

 

★ 続きは、『「しまかぜ」で行く伊勢志摩 3日間』 (その11:最終回)で ★

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