












私の故郷福岡県京都郡白川村(現在は苅田町)は、貫山の山裾の西・北・東の三方を山に囲まれた小さな盆地です。其処に30戸~40戸の集落が、7箇所ばかりに散在した凡そ300戸の農村でした。南東方面は行橋市に面しています。
山の谷間には山裾から山頂近くまで、小さな棚田を貼り付けたようにあり。狭い平地には田んぼが広がっています。
春は田園一面に蓮華の花や菜の花が咲き乱れ、三方の山は新緑が一斉に芽吹いてとても綺麗でした。初夏夕闇が迫る頃に成ると、ホタルが飛び交いとても幻想的でした。子供達は夕ご飯も食べずに、ホタル狩りに夢中でした。
蓮華草の咲き乱れる田んぼの中に入って、男の子は相撲を取って遊び、女の子は蓮華の花をとり髪の毛にさして飾ったりして遊びました。
夏には澄み切った小川に、ハエやアユなどが沢山泳いでいました。学校の帰りに子供達は小川に入って、素手で魚取りをしたり・水遊びに夢中でした。
秋には実った稲穂が田園一面に、黄色い絨毯を広げたようになっていました。周りの山々も紅葉して村全体を大自然画家が絵描いた、一大会画のようでしす。その中で子供達は「かくれんぼをしたり・鬼ごっこ等をして遊んだりしました」。
冬になると貫山から厳しい北風が吹き下ろし、吹雪の日には子供達は学校の行き帰りは大変でした。其れでもこれくらいの事で、くじける子供はいませんでした……。
こんな自然環境の、素晴らしいのどかな山村で育まれました。私の故郷・白川村に、私は今は帰りたいのです。今迄50有余年も故郷を放り出して,今更になって帰りたいなんて少し我が儘ではないですかね?……御免なさい…でも私の心は帰りたいの一心です。



















