【連載】 錬義堂通信 ①
「義士」の町赤穂から始まった精神復興運動
八月末日を以て、日本会議の本部役職を終え、熊本での活動に専念する事とした。今後は各支部を定期的に訪問して会員の方々との交流を深めて行きたい。そこで、私自身の研究室を「『永遠の武士道』研究所」と命名し、研究・講演の拠点とする。
九月二十二日、兵庫県赤穂市の「赤穂山鹿素行研究会」に招かれ同会十周年の記念講演を行って来た。演題は「令和日本の道しるべ 現代に甦る山鹿素行の教え」である。赤穂義士の精神を育んだのは赤穂に配流された大学者・山鹿素行である。素行は、幕府の官学である朱子学を批判した事で、赤穂藩預りの身となる。赤穂藩主浅野長直は素行の弟子であり、素行を礼遇した。後の忠臣蔵の立役者・大石内蔵助は八歳から十七歳にかけて素行に直接の教を受けている。素行は赤穂の地で『中朝事実』を著し、シナでは無く日本こそが史事として最高の文明国である事を明らかにした。『中朝事実』は後に、吉田松陰や乃木希典が高く評価し、明治天皇に殉死した乃木は、遺言代わりに裕仁親王(後の昭和天皇)にこの本を渡している。
赤穂山鹿素行研究会は平成二十一年に発足、会の目的として「素行思想の現代的な意義を探究し、その普及を通して日本人の倫理回復に寄与するとともに、現代の人づくりに活かす活動を行うものとする。」とある。改正された教育基本法にも立脚し、日本人の精神復興を赤穂の地から巻き起こそうと志している。
「義士」の町赤穂から始まった精神復興運動
八月末日を以て、日本会議の本部役職を終え、熊本での活動に専念する事とした。今後は各支部を定期的に訪問して会員の方々との交流を深めて行きたい。そこで、私自身の研究室を「『永遠の武士道』研究所」と命名し、研究・講演の拠点とする。
九月二十二日、兵庫県赤穂市の「赤穂山鹿素行研究会」に招かれ同会十周年の記念講演を行って来た。演題は「令和日本の道しるべ 現代に甦る山鹿素行の教え」である。赤穂義士の精神を育んだのは赤穂に配流された大学者・山鹿素行である。素行は、幕府の官学である朱子学を批判した事で、赤穂藩預りの身となる。赤穂藩主浅野長直は素行の弟子であり、素行を礼遇した。後の忠臣蔵の立役者・大石内蔵助は八歳から十七歳にかけて素行に直接の教を受けている。素行は赤穂の地で『中朝事実』を著し、シナでは無く日本こそが史事として最高の文明国である事を明らかにした。『中朝事実』は後に、吉田松陰や乃木希典が高く評価し、明治天皇に殉死した乃木は、遺言代わりに裕仁親王(後の昭和天皇)にこの本を渡している。
赤穂山鹿素行研究会は平成二十一年に発足、会の目的として「素行思想の現代的な意義を探究し、その普及を通して日本人の倫理回復に寄与するとともに、現代の人づくりに活かす活動を行うものとする。」とある。改正された教育基本法にも立脚し、日本人の精神復興を赤穂の地から巻き起こそうと志している。
この記事を今の今、昨年を振り返ってたら見つけました😃
あの時、幼少の昭和天皇に乃木大将が読み聞かしたという箇所を教えて頂いた事が印象に残っています。
先生の益々のご活躍をお祈りします😄
その節は誠にありがとうございました🙏