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梅毒患者が過去最高に 悪者にされる感染風俗嬢の本音「元凶は私たちだけじゃない」
梅毒の感染者数は今年10月下旬に1万人を突破し、過去最大となっている。爆発的感染の要因として、まっさきにやり玉にあげられるのは性風俗産業の従事者だ。だが『売る男、買う女』(新潮社)などの著書があり、自身も夜の世界の仕事で働いた経験のあるノンフィクション作家の酒井あゆみ氏の取材からは、また別の要因も見えてくる。
梅毒患者の増加が注目されている。NHKが先日配信したウェブの特集記事では、性風俗店で増加するNS(ノースキン、「避妊具無し」の意)が一因だと取り上げられていた。
コロナで経営が苦しくなった店側が過剰なサービスを女性に強いているという主旨で、表現をふくめ、“公共放送”にしてはなかなか踏み込んだなという印象を受けた(NHK首都圏ナビWEBレポート「梅毒の感染者急増 なぜ?
症状は? 女性は特に注意 妊娠に影響も」11月4日掲載)。それだけ世の関心が高いということなのだろう。
記事では風俗以外の経路に「マッチングアプリ」の利用も挙げられていたものの、国立感染症研究所の「男女の梅毒患者の4割は、それぞれ風俗店の利用者、風俗店の従事者」というデータもある。SNSでも“風俗嬢の責任”を問う声は少なくない。風俗=性病のイメージは根強いのだ。
では、当事者の見解はどうか。実際に梅毒に感染したという女性に話を聞いた。
ある日、身体に「バラ疹」が……
今回、取材に応じたのは、この道20年のベテラン、38歳のサナ(仮名)だ。短期で日本各地を転々としているいわゆる“出稼ぎ風俗嬢”で、いまは滋賀県の雄琴にいる。
彼女に“異変”が生じたのは雄琴に来る以前、半年ほど前のことだった。 「手と足に“バラ疹”が出て『もしかして?』と思って。その頃すでに梅毒が流行ってるってニュースで取り上げられていたから、病院に行ったんです。
そうしたらすぐに『これは梅毒だね』って。本当は血液検査しないと分からないみたいなんですけれど、皮膚を診てもらったら一目瞭然でした」 梅毒はまず、感染およそ3週間で陰部や口唇部にしこりができる。
そのまま放置して数カ月が経過すると、手や足の裏、全身に赤い発疹が現れる。これが彼女のいう「バラ疹」で、小さな赤い薔薇の花に似ていることが由来だそうだ。
「職業柄、性病には特に気をつけていて、異変があったらすぐに病院に行くことにしてるんですが、遅すぎましたね。既に2期感染にまでなっていました。
ニュースで言っていた通り、痛みも痒みも全くなくて。もう頭の中には『休みの間、どうやって生活したら良いだろう』しかなかったですね。お店にも出られないので、借金をして何とか1ヶ月過ごしました」
サナは、これまでもクラミジア、ヘルペス、トリコモナスに罹ってきたそうで、「未経験なのはコンジローマ、淋病、あとHIVくらい」。そのたびに出勤停止となり、なんとか療養期間を切り抜けてきた。
梅毒がお客経由で感染したことはほぼ間違いないが、どの客だったかの見当は「まったくつきません」という。
「もともとお肌が汚い方がいらっしゃるので感染者かどうか判断はつきませんし、手のひら、足裏に出る発疹を『見せて下さい』とはいかない。常連の方であれば多少は見分けがつくのでしょうが、初対面の方の肌質まではさすがに……」
きちんと検査する風俗店、だが例外も
梅毒の感染拡大の原因に風俗がやり玉にあげられていることについては「否定はしません」という。 「私たちがどんなに気をつけても、結局はお客さんが持ってきちゃいますから。
普通の人で定期的に血液検査、性病検査してる人ってゼロに等しいじゃないですか。風俗店は月に一回の検査を義務づけているところも多く、私のように検査に引っ掛かったら、治るまでは出勤停止。普通の女性よりもよっぽど気をつけてはいます。
私は梅毒に罹ってから、月に2回、検査に行くようにしています。けどやっぱりお客さんからだと防ぎようがないでしょうね」 店の評判に繋がる以上、風俗店はしっかり在籍女性の検査をするのが一般的だ。ただし例外があるのも事実だ。
「女性への検査義務がない店もあるにはあります。以前、別の地方に出稼ぎにいったのが、たまたまそういう店でした。そこでは『いつも働いている店で検査に引っかかって働けないから、治療期間だけ出稼ぎに来た』なんて子にも会いました。
すぐ店に通報しましたが。そういう店を狙って、梅毒であることを隠して働く子もいます」 少し前に、バラ疹の出ている写真を個人のSNSで公開していた風俗嬢が特定され、在籍店の名前とともに拡散されたことがあった。
その店の検査が甘かったのか、そもそも意図して検査をしていなかったのかは定かではない。が、レベルが低い風俗店もあることはたしか。
「イソジンでうがいをすれば大丈夫」とか「グリンス(※殺菌消毒石けん)で性器を洗えばいい」と信じきっている店の人間も少なくない。
余談だが、私が吉原で働いていた30年ちかく前は、店のスタッフはもちろん、先輩のお姉さんたちが「講習」をしてくれていた。そして「陰部に水ぶくれがあるお客さんは病気の疑いがあるから気をつけてね」等、知恵も授けてくれた。
私は風俗のフルコースを体験したが、身体の洗い過ぎでカンジダにしか罹らなかった。 梅毒の感染拡大の背景に風俗があることは私も否定しない。だが、サナとの共通見解として、近年の患者拡大には別の原因もあると睨んでいる。
梅毒増加と前後して増加したのが……
それは「パパ活女子」だ。サナがいう。 「風俗は感染したら店側から働かないでといわれますけれど、パパ活の子たちはやろうと思えば仕事を続けられちゃう。
男性とも一回きりの関係が多いから、仮にうつしても、足跡を残さず逃げることができます。男性にしても、風俗ではない、“素人”の女性からまさか病気をうつされるとは思っておらず、異変を感じてもすぐに病院に行かないのでは」
パパ活女子に取材をする機会もあるが、定期的に検査に行っている、などと言う話は聞いたことがない。むしろ、そうした手間やノルマもなく手軽に稼げることがパパ活のメリットなのだから、わざわざ検査に行く女性は皆無だろう。
梅毒の増加が取り沙汰されるようになったのは2015年頃とされる。以前、ギャラ飲みやパパ活を募るグループの初期の関係者に取材したが、16年頃から始まったと証言していた。時期が一致するの)。
サナのパパ活女子に対する視線は冷たい。 「病気ひとつとっても、彼女たちは意識が低いわけですよ。風俗嬢にはサービスを売っているというプライドがありますが、彼女たちにはそれもない。お店の後ろ盾がないところで身体を売って、危ない目にあってもおかしくないのに。
私をふくめ、風俗嬢はパパ活の女の子を嫌悪していますよ」 口には出さなかったもの“私たちの仕事を邪魔するな”という思いが見え隠れしている。
もっとも、サナのような出稼ぎ女性は基本的に短期就労で、今しか会えない『プレミア感』を売りに仕事をする。特別扱いに慣れている分、セミプロのようなパパ活女子が許せない気持ちがことさら強いのだろう。
ただ、パパ活女子はパパ活女子で、「マジ」になって身体を売るサナのような存在を下に見ている思いがあるにはある。風俗嬢とパパ活女子の間には明確な溝があるわけだ(実際は風俗とパパ活を兼ねている女性も少なくないのだが)。
とはいえ「パパ活」という聞こえの良い言葉が、売春のハードルを下げたことは事実である。気軽に身体を売る女性がいて、それを平気で買う男性がいる。そんな倫理観の欠如が、いまの日本にはびこる梅毒以上の“病”なのかもしれない。
酒井あゆみ(さかい・あゆみ) 福島県生まれ。上京後、18歳で夜の世界に入り、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』ほか、主な著作に『売る男、買う女』『東電OL禁断の25時』など。Twitter: @muchiuna