ソースから
安全保障関連法の改正案は、7月16日、衆議院で可決され参議院に送られた。法案が提出されてからちょうど2カ月であり、国民の理解が進まないなかでの採決であった。
そもそも、これはどのような法案なのか、深いところを知らない読者が多いのではないだろうか。改正法案が分かりにくいのは大きく言って2つの理由がある。一つは、実質的には11本の法改正案であるにもかかわらず、そのうちの10本をまとめて1本にしているために非常に読みにくくなっていることである。政府の中では許容範囲内の立法テクニックかもしれないが、国民には不親切だと言わざるをえない。
法案の内容が適切かどうかの議論ができていない
もう一つの理由は、法案の内容についての議論が不十分な点だ。今回の改正法案の審議において、我が国の安全保障のありかた、集団的自衛権の行使容認問題、機雷除去などについては比較的よく議論され、安倍晋三首相以下の考えは何回も説明された。しかし、それはあくまで現政権としての方針説明だ。法案の内容が適切か否かの吟味はほとんどできていない。
法案についての議論は、これからは参議院で行われる。私が強く訴えたいのは、印象論ではなく、法案の内容に即した議論を行っていくことだ。ここであらためて改正法案の内容とその問題点を検証しておこう。
この改正法案をひとことで言えば、我が国の安全を脅かす「事態」を新たに認定し、それぞれの事態において自衛隊がどのように対処するかを定めているものだ。自衛隊が対処しなければならない「脅威」(心理的な問題に限らず、武力攻撃なども含めてこう表現することとする)、自衛隊が行動する「場所」、自衛隊が使う「手段」の3点に着目して、改正案のポイントを見ていくこととする。
まず、我が国に対する「脅威」からみていく。やや難しい言い回しが出てくるが、法律とはそういうものだ。よく読み込んでほしい。
これまで「脅威」は我が国の領域とその周辺で発生することが「周辺事態法」で定められてきた。それに対し、改正法案(重要影響事態法)は「我が国の領域とその周辺」という限定を削除した。つまり、世界中のどこで発生するかを問わなくなる。放置すれば我が国にも影響が及んでくると考えられるものを脅威(重要影響事態)と想定しているのだ。
改正案はこの「重要影響事態」の他、いくつかの種類の脅威を想定している。なかでも議論の分かれるのが、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と説明される「存立危機事態」だ。これこそが集団的自衛権の行使が問題となる場合である。
「他国に対する武力攻撃」の場合も、自衛隊が対処する必要のある脅威としてしまえば、「自衛」を逸脱するおそれがある。そこで、「他国に対する攻撃が発生し」の後に、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を追加した。ここに文言の工夫をしたわけである。
存立危機事態は「ハイブリッド」
この文言は、「存立危機事態」として認める要件を厳格にしたと説明されるが、実は、こうすることにより、他国に対する武力攻撃であっても日本に対する脅威とみなし、これに対する対処は「自衛」であるという理論構成を維持できるようにしたわけだ。私は、「存立危機事態」は、他国に対する攻撃と日本に対する攻撃のハイブリッドだと思う。
さらに改正法案は、これまで自衛隊が対処することが想定されていなかったいくつかの脅威を想定している。具体的には、離島へ不法な侵入・侵害が発生し、警察力で直ちに対応できない場合、あるいは外国潜水艦による我が国領海内での航行において違法行為があった場合、あるいは在外邦人の避難の過程で外国から不法行為が加えられた場合などである。これらを、一括して「グレーゾーン事態」と呼んでいる。これらについては「自衛隊法」の改正で手当てしている。
第2に、自衛隊の行動する「場所」について。改正法案は、脅威の発生する範囲の拡大にともなって、世界のどこでも自衛隊が行動できるようにした。また、他国に対する武力攻撃であっても「存立危機事態」であれば自衛隊は「武力攻撃を排除」しなければならないと定めている。
自衛隊が行動する場所を明記しているのではないが、「武力攻撃を排除」するためには武力攻撃された国の領域へ行かなければならないのは当然だ。安倍首相はじめ政府関係者は自衛隊が他国の領域に出ていくことはないと答弁しているのだが、改正法の記載と整合性がとれていない。
第3に、自衛隊が取れる「手段」については、脅威の態様に応じてどのような手段・行動が取れるかを定めた。
「重要影響事態」の場合、自衛隊が行なうのは後方地域支援や捜索・救助など比較的軽いことである。一方の「存立危機事態」では、「攻撃を排除するために必要な武力の行使、部隊等の展開」など非常に重いことができるようになっている。「必要な武力の行使」とあるのだから、武器の使用が含まれる。つまり自衛隊は世界中のどこでも武力行使をできるようになるわけだ。
ここで話をややこしくしているのが、今回の法改正では、いわゆる「国際貢献」の強化も図ろうとしている点だ。
国際貢献は国際の平和と安定のため各国が協力するところに主眼があり、これは多くの国民の理解を得やすい。そこを絡めることにより、反対意見を弱めようとしているかのようだ。
言うまでもなく、国際貢献といえども、海外に自衛隊を派遣するのは「自衛」のためではない。自衛隊が海外へ出動することに関しては、日本国憲法の制約がある。そのため、これまでは国際貢献も、法的には「自衛」の枠内で認めるという形式で自衛隊の派遣を行ってきた。その結果、自衛隊員は他国の部隊に救助してもらえるが、武器を使って他国の部隊を救助することはできなかった。「自衛」の範囲を超えるからである。
それではあまりに不公平なので、今回の国際平和維持活動(PKO)法改正案はそれを可能とする新しい規定をPKO法の中に設け、いわゆる「駆け付け警護」を可能としている。
従来の時限法を恒久法としていいのか
一方、いわゆる「多国籍軍」の場合、紛争の終了を前提としているPKOと異なり、紛争は継続中なので自衛隊がそれに協力することは憲法違反になるおそれがある。テロ特措法やイラク特措法においては、自衛隊の活動する場所を「非戦闘地域」に限り、活動を後方支援、捜索救助、船舶検査などに限れば戦闘に参加することにならないと考えられてきた。「自衛」の拡大の場合と類似の考えである。
国際平和支援法案はこのような考えを踏襲しつつ、両法律のような時限立法でなく恒久法とすることをあらためて提案しているが、両特措法の時から存在していた疑問点は解消されていない。
自衛隊が支援活動を行なう「場所」については、「現に戦闘行為が行われている現場では実施しない」と明記されている。これは、支援活動を地理的に戦闘地域と切り離すための規定であるが、複雑な状況である現場においてそれははたして可能か疑問の余地がある。
イラク特措法の国会質疑において、小泉首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、日本の首相にわかる方がおかしい。自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と答えたのは、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の境界は明確でない、明確にできないことを雄弁に語っていた。
自衛隊の取る「手段(活動内容)」の制限については、後方支援として物品や役務を多国籍軍に提供することは本来戦闘行為でないが、憲法違反にならないために十分な制限であるか異論がある。武器について言えば、自衛隊は、提供は認められていないが、輸送は認められている。このような場合に、紛争中の当事者から中立でない、敵対行為だと見られる危険が残るのではないか。
なお、多国籍軍の場合は、行動を承認する国連決議の有無についても問題がありうる。激しい紛争の場合は国連安保理決議がなかなか成立せず、また、決議があるかないかさえ争いの対象になることがあるのはイラク戦争の際に実際に起こったことであった。
多国籍軍に対しどのように臨むべきか。憲法の制限をかわすためにテロ特措法やイラク特措法で使った立法上のテクニックをただ踏襲するのでは済まない問題がある。今回の安全保障関連法案は、詰められていない論点が、あまりにも多いのである。
安全保障関連法の改正案は、7月16日、衆議院で可決され参議院に送られた。法案が提出されてからちょうど2カ月であり、国民の理解が進まないなかでの採決であった。
そもそも、これはどのような法案なのか、深いところを知らない読者が多いのではないだろうか。改正法案が分かりにくいのは大きく言って2つの理由がある。一つは、実質的には11本の法改正案であるにもかかわらず、そのうちの10本をまとめて1本にしているために非常に読みにくくなっていることである。政府の中では許容範囲内の立法テクニックかもしれないが、国民には不親切だと言わざるをえない。
法案の内容が適切かどうかの議論ができていない
もう一つの理由は、法案の内容についての議論が不十分な点だ。今回の改正法案の審議において、我が国の安全保障のありかた、集団的自衛権の行使容認問題、機雷除去などについては比較的よく議論され、安倍晋三首相以下の考えは何回も説明された。しかし、それはあくまで現政権としての方針説明だ。法案の内容が適切か否かの吟味はほとんどできていない。
法案についての議論は、これからは参議院で行われる。私が強く訴えたいのは、印象論ではなく、法案の内容に即した議論を行っていくことだ。ここであらためて改正法案の内容とその問題点を検証しておこう。
この改正法案をひとことで言えば、我が国の安全を脅かす「事態」を新たに認定し、それぞれの事態において自衛隊がどのように対処するかを定めているものだ。自衛隊が対処しなければならない「脅威」(心理的な問題に限らず、武力攻撃なども含めてこう表現することとする)、自衛隊が行動する「場所」、自衛隊が使う「手段」の3点に着目して、改正案のポイントを見ていくこととする。
まず、我が国に対する「脅威」からみていく。やや難しい言い回しが出てくるが、法律とはそういうものだ。よく読み込んでほしい。
これまで「脅威」は我が国の領域とその周辺で発生することが「周辺事態法」で定められてきた。それに対し、改正法案(重要影響事態法)は「我が国の領域とその周辺」という限定を削除した。つまり、世界中のどこで発生するかを問わなくなる。放置すれば我が国にも影響が及んでくると考えられるものを脅威(重要影響事態)と想定しているのだ。
改正案はこの「重要影響事態」の他、いくつかの種類の脅威を想定している。なかでも議論の分かれるのが、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と説明される「存立危機事態」だ。これこそが集団的自衛権の行使が問題となる場合である。
「他国に対する武力攻撃」の場合も、自衛隊が対処する必要のある脅威としてしまえば、「自衛」を逸脱するおそれがある。そこで、「他国に対する攻撃が発生し」の後に、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を追加した。ここに文言の工夫をしたわけである。
存立危機事態は「ハイブリッド」
この文言は、「存立危機事態」として認める要件を厳格にしたと説明されるが、実は、こうすることにより、他国に対する武力攻撃であっても日本に対する脅威とみなし、これに対する対処は「自衛」であるという理論構成を維持できるようにしたわけだ。私は、「存立危機事態」は、他国に対する攻撃と日本に対する攻撃のハイブリッドだと思う。
さらに改正法案は、これまで自衛隊が対処することが想定されていなかったいくつかの脅威を想定している。具体的には、離島へ不法な侵入・侵害が発生し、警察力で直ちに対応できない場合、あるいは外国潜水艦による我が国領海内での航行において違法行為があった場合、あるいは在外邦人の避難の過程で外国から不法行為が加えられた場合などである。これらを、一括して「グレーゾーン事態」と呼んでいる。これらについては「自衛隊法」の改正で手当てしている。
第2に、自衛隊の行動する「場所」について。改正法案は、脅威の発生する範囲の拡大にともなって、世界のどこでも自衛隊が行動できるようにした。また、他国に対する武力攻撃であっても「存立危機事態」であれば自衛隊は「武力攻撃を排除」しなければならないと定めている。
自衛隊が行動する場所を明記しているのではないが、「武力攻撃を排除」するためには武力攻撃された国の領域へ行かなければならないのは当然だ。安倍首相はじめ政府関係者は自衛隊が他国の領域に出ていくことはないと答弁しているのだが、改正法の記載と整合性がとれていない。
第3に、自衛隊が取れる「手段」については、脅威の態様に応じてどのような手段・行動が取れるかを定めた。
「重要影響事態」の場合、自衛隊が行なうのは後方地域支援や捜索・救助など比較的軽いことである。一方の「存立危機事態」では、「攻撃を排除するために必要な武力の行使、部隊等の展開」など非常に重いことができるようになっている。「必要な武力の行使」とあるのだから、武器の使用が含まれる。つまり自衛隊は世界中のどこでも武力行使をできるようになるわけだ。
ここで話をややこしくしているのが、今回の法改正では、いわゆる「国際貢献」の強化も図ろうとしている点だ。
国際貢献は国際の平和と安定のため各国が協力するところに主眼があり、これは多くの国民の理解を得やすい。そこを絡めることにより、反対意見を弱めようとしているかのようだ。
言うまでもなく、国際貢献といえども、海外に自衛隊を派遣するのは「自衛」のためではない。自衛隊が海外へ出動することに関しては、日本国憲法の制約がある。そのため、これまでは国際貢献も、法的には「自衛」の枠内で認めるという形式で自衛隊の派遣を行ってきた。その結果、自衛隊員は他国の部隊に救助してもらえるが、武器を使って他国の部隊を救助することはできなかった。「自衛」の範囲を超えるからである。
それではあまりに不公平なので、今回の国際平和維持活動(PKO)法改正案はそれを可能とする新しい規定をPKO法の中に設け、いわゆる「駆け付け警護」を可能としている。
従来の時限法を恒久法としていいのか
一方、いわゆる「多国籍軍」の場合、紛争の終了を前提としているPKOと異なり、紛争は継続中なので自衛隊がそれに協力することは憲法違反になるおそれがある。テロ特措法やイラク特措法においては、自衛隊の活動する場所を「非戦闘地域」に限り、活動を後方支援、捜索救助、船舶検査などに限れば戦闘に参加することにならないと考えられてきた。「自衛」の拡大の場合と類似の考えである。
国際平和支援法案はこのような考えを踏襲しつつ、両法律のような時限立法でなく恒久法とすることをあらためて提案しているが、両特措法の時から存在していた疑問点は解消されていない。
自衛隊が支援活動を行なう「場所」については、「現に戦闘行為が行われている現場では実施しない」と明記されている。これは、支援活動を地理的に戦闘地域と切り離すための規定であるが、複雑な状況である現場においてそれははたして可能か疑問の余地がある。
イラク特措法の国会質疑において、小泉首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、日本の首相にわかる方がおかしい。自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と答えたのは、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の境界は明確でない、明確にできないことを雄弁に語っていた。
自衛隊の取る「手段(活動内容)」の制限については、後方支援として物品や役務を多国籍軍に提供することは本来戦闘行為でないが、憲法違反にならないために十分な制限であるか異論がある。武器について言えば、自衛隊は、提供は認められていないが、輸送は認められている。このような場合に、紛争中の当事者から中立でない、敵対行為だと見られる危険が残るのではないか。
なお、多国籍軍の場合は、行動を承認する国連決議の有無についても問題がありうる。激しい紛争の場合は国連安保理決議がなかなか成立せず、また、決議があるかないかさえ争いの対象になることがあるのはイラク戦争の際に実際に起こったことであった。
多国籍軍に対しどのように臨むべきか。憲法の制限をかわすためにテロ特措法やイラク特措法で使った立法上のテクニックをただ踏襲するのでは済まない問題がある。今回の安全保障関連法案は、詰められていない論点が、あまりにも多いのである。