丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§2

2011年03月21日 | 詩・小説
 §2

 何て言えばいいだろう。とにかくすばらしくすてきなんだ。
 あの瞳に見つめられると、もうまっったく参ってしまうんだ。その日は一日中幸せな気分で埋まってしまうんだ。
 それなのに、彼女には俺の魅力がまるで伝わらないばかりか、俺の気持ちはまったく通じないようである。俺は毛神を呪いたいほどである。どうしてよりによって、あの人だけ振り向かせてくれないのだろうか。他の奴はどうでもかまわないのに。でも、それだけ俺が純情で、また誰に対しても優しいと言うことなのだ。
 ああ、彼女さえ得ることができればもう他のこと、みんな無くなってしまっても良い。そんなことさえ思う毎日である。でも、彼女に近づくことさえできないのだ。

 そこで俺は秘書のマリ子に相談を掛けてみた。あいつにだからこそできる相談でもあった。それに、聞くところによると、マリ子と京子さんは無二の親友だというではないか。それであいつに俺の心を打ち明けてみた。するとあいつは目を丸くして俺の顔を見て、そしてプッと吹き出したんだ。俺の真剣な気持ちも知らないで。
「何も笑うことないじゃないか。人が真剣に相談しているのに」
「ごめんごめん。でも贅沢な悩みね」
「言われなくってもわかってるさ。でも俺は本気なんだぜ」
「もてる者にはそれなりの悩みがあるってことね」
 半分あいつは笑ってる風だった。ちくしょう、このヤロー、と心の中で言った。口に出したら厄介なことになるのはわかっていたから。
「でもさ、あなた男でしょ。違うの?」
「冗談言うなよ」
「男なら頑張りなさいよ、男らしくさ」
「そんなことはわかってるさ。でもどうすりゃいいんだよ」
「普段偉そうなことを言う割に駄目なのね、あんたって」
 それを言われると一言もなかった。
「あたしに間に入ってもらおう、なんてののは考えてないわよね。それじゃあ男のメンツが立たないしね」
 俺の一番頼みたかったことが、いとも簡単に崩されてしまった。
「そりゃ、あたしを使ったら早いわよね、親友だから。でも、それじゃああまりにも情けないわよね。もちろんそんなことは考えてもないとは思うけどさ」
「えっ?あぁ……うん」
 そう言わざるを得なくなってしまった。
「まあ頑張りなさいよ。それ以外のことだったら何でも協力するからさ」
 それ以外のことはいいんだけど。とは言えなかった。俺は仕方なくこの線はあきらめることにした。がっくりした俺にあいつは追い打ちを掛けるように言った。
「でも、あたしの勘じゃ、あんたの想いは実らないかもね」
 何とでも言いやがれ、このヤロー。でもその後で忠告だけはしてくれた。
「あんまり大っぴらにしない方がいいわよ。ヤケになったらやりそうだから言うんだけど。もしそんなことしたら、この学校で大暴動が起きるかも。それで大怪我するのはあんただからね」
 俺が最後の手段にと残しておいた手まで先回りしてけなされてしまった。でもあいつの言うとおり、もし俺があの人のことが一番好きだと全女生徒が知ったなら、どんな大騒ぎが起きるのかわからなかった。よく止めてくれたものだとホッとするのだった。

 とうとうあいつは具体的なことは何も教えてはくれなかった。それはあいつの女としてのメンツから来る物だったのだろうか。