この浴場は、学生が決められた時間に自由に入浴するという規則だが、偶々テスト前――氷河は浴場で一人きりになったことがあった。
仕方なく入浴はしたが、身体を洗っているときに、背に冷たいものが滴り落ち、氷河は逃げるように浴場から抜け出し、二度と一人では入浴はしまいと心に決めていた。
偶々水蒸気の雫が落ちただけだろう? という問も、戒めも、氷河の心には届かない、敵に対してはクールに徹し切る氷河も、心霊現象の前ではそうはいかないようであった。
「えっ…氷河、それって…」
周囲に悟られぬよう言葉を濁す氷河の表情を、瞬はまじまじと見つめた。
深夜、無断で浴場に入り込む者の調査を依頼されたのは、瞬と紫龍であった。
一輝はつまらない調査などはしまいし、星矢なら面白がって、事態を拡大させかねない。そして、氷河は夏バテで、日常生活を送るのも辛そうであった。
本当の霊なら祓うことになろうし、学生が無断でシャワーを使っているのなら、注意をすることになっていた。
だが、生徒でないことは解っていた。
浴場での噂がたつようになってから、鍵が丈夫な物に取り替えられていた。
だが、その何者かは、合鍵でも持っているかのように、浴場への侵入を繰り返していた。
物陰に隠れ、紫龍と瞬は噂の主を待った。
消灯時間が過ぎ、どれほども待たずに、主は現れた。
月明かりに照らされ、主は白く浮き出て見えた。
主は鍵に手を当て暫く何かをしていたが、やがて鍵を解くと、何事もなかったように浴室に入っていった。
紫龍と瞬は、薄く開かれた浴場の扉の前で、顔を見合わせた。
錠には僅かにではあるが、氷の塊が付着していた。
紫龍と瞬は、水音のする浴場を覗いた。
噂の主は、気持良さ気にシャワーを浴びていた。
普通の人間なら、何処に何があるのかも解りはしない、闇の中であった。
もし、生徒がこの場に居合わせても、闇の中でシャワーが出ているとしか、判断できなかったに違いなかった。
だが、月光が窓から差せば、仄白い物体の形を浮かび上がらせたかも知れなかった。
噂の主は、氷河であった。
但し、氷河は自分が寮則違反をしていたのは知らなかった。
その年は、酷い猛暑が続いていた。
極寒の地といわれる東シベリアで育った氷河は、完全にバテていた。
夜も寝むれず、食も進まない日が続き、かろうじて授業には出ていてもノートを取ることもできずに毎日、朦朧状態が続いていた。
一度、深夜の幽霊の噂を話してみたが、反応が鈍いどころか、怖がる仕草を見せた。
紫龍と瞬はあの夜、見たものに付いては口を閉ざすことにした。
気温が下がれば、氷河も己を失うことはなくなる。
事実、そうなった。
だが、そうなっても怪談話となって、ときに生徒たちの間で囁かれることがあった。
その囁きが、本人である氷河の耳にも入ったらしかった。
「続く」
仕方なく入浴はしたが、身体を洗っているときに、背に冷たいものが滴り落ち、氷河は逃げるように浴場から抜け出し、二度と一人では入浴はしまいと心に決めていた。
偶々水蒸気の雫が落ちただけだろう? という問も、戒めも、氷河の心には届かない、敵に対してはクールに徹し切る氷河も、心霊現象の前ではそうはいかないようであった。
「えっ…氷河、それって…」
周囲に悟られぬよう言葉を濁す氷河の表情を、瞬はまじまじと見つめた。
深夜、無断で浴場に入り込む者の調査を依頼されたのは、瞬と紫龍であった。
一輝はつまらない調査などはしまいし、星矢なら面白がって、事態を拡大させかねない。そして、氷河は夏バテで、日常生活を送るのも辛そうであった。
本当の霊なら祓うことになろうし、学生が無断でシャワーを使っているのなら、注意をすることになっていた。
だが、生徒でないことは解っていた。
浴場での噂がたつようになってから、鍵が丈夫な物に取り替えられていた。
だが、その何者かは、合鍵でも持っているかのように、浴場への侵入を繰り返していた。
物陰に隠れ、紫龍と瞬は噂の主を待った。
消灯時間が過ぎ、どれほども待たずに、主は現れた。
月明かりに照らされ、主は白く浮き出て見えた。
主は鍵に手を当て暫く何かをしていたが、やがて鍵を解くと、何事もなかったように浴室に入っていった。
紫龍と瞬は、薄く開かれた浴場の扉の前で、顔を見合わせた。
錠には僅かにではあるが、氷の塊が付着していた。
紫龍と瞬は、水音のする浴場を覗いた。
噂の主は、気持良さ気にシャワーを浴びていた。
普通の人間なら、何処に何があるのかも解りはしない、闇の中であった。
もし、生徒がこの場に居合わせても、闇の中でシャワーが出ているとしか、判断できなかったに違いなかった。
だが、月光が窓から差せば、仄白い物体の形を浮かび上がらせたかも知れなかった。
噂の主は、氷河であった。
但し、氷河は自分が寮則違反をしていたのは知らなかった。
その年は、酷い猛暑が続いていた。
極寒の地といわれる東シベリアで育った氷河は、完全にバテていた。
夜も寝むれず、食も進まない日が続き、かろうじて授業には出ていてもノートを取ることもできずに毎日、朦朧状態が続いていた。
一度、深夜の幽霊の噂を話してみたが、反応が鈍いどころか、怖がる仕草を見せた。
紫龍と瞬はあの夜、見たものに付いては口を閉ざすことにした。
気温が下がれば、氷河も己を失うことはなくなる。
事実、そうなった。
だが、そうなっても怪談話となって、ときに生徒たちの間で囁かれることがあった。
その囁きが、本人である氷河の耳にも入ったらしかった。
「続く」