「なにが『バカ』だ、実の兄に向かって」
一輝がまた、鈴木の身体を揺さぶった。
「止めろ、一輝――」
「オォーすげぇ、ハリウットだハリウット」
鈴木の悲鳴と、それを追う氷河の疾走を目にし、何事かと屋上に登ってきた複数の生徒の一人が、氷河の言葉を遮った。
その言葉に、美女を片手にビルを登った何かの動物の映画があったのを、氷河は思い出していた。
なにか、大きな動物だった。
「すげぇ、片腕だぜ、片腕――」
別の生徒が興奮した声を放った。
「アレ、城戸だろう? 只者じゃあないと思ったが、すげー」
生徒の言葉に氷河は我に返り、周囲を見回し、数十人に登る野次馬に吐息を漏らした。
これだけ目撃者がいれば、この珍事が沙織の耳に入ることは明らかであった。
「止めろといっているだろう、一輝」
できることなら、高速の拳で一輝をフェンスから叩き落としたかった。
だがそれをすれば、鈴木が巻き添えになる。
「獅子は子を、千仞(せんじん)の滝から落とすというぞ」
「お前は鈴木の父親かッ」
無茶苦茶な理論に氷河は肚を立てた。
「おい、こっちも城戸だぞ」
喚く氷河に気づいた生徒が口を開いた。
「城戸・兄が抱えているのは、1年の鈴木だぜ」
悲鳴を放ち続ける鈴木に目を止めた生徒が、誰にともなく呟いた。
「じゃぁ、兄弟で取り合ってるのか――」
「誰が、誰を取り合う? 人を物のようにいうのや止めろ」
鈴木は玩具ではないのだと、氷河は肚を立てた。
「黙れ、大体キサマが悪いのだ」
一輝は掴んでいたフェンスを離し、氷河に指を突きつけた。
「バカ、止めろッ。バランスを崩したらどうする? ――それに、なぜ、オレが悪い?」
このぐらいのことで一輝がバランスを崩すわけはないが、周囲の目がある。それに、鈴木をいきなり攫い、無体な真似をしているのは誰でもない、一輝であった。
「朝から晩までコヤツと行動を共にしおって」
今や、恐怖で凍り付いている鈴木を振りかざした。
「それになんの不都合がある?」
鈴木は氷河を慕っている。幼いころ一輝を慕い、傍らに寄り添っていた瞬と変わりがない。
「バカ者ッ、なんでこの一輝が、こんな辺鄙な場所に来たと思う」
一輝が自身の胸を叩いた。
「沙織さんに命じられたから、だろう?」
大体、氷河が以前の学校で体育館を破壊してしまった責任は、万事一輝にある。
大体の災厄は、このバカが運んでくる。
「バカ者ッ、そんなことでこの一輝が動くと思っているのか」
氷河は富士で風穴での闘い以来、何度か一輝に螺子伏せられた事があった。
それを、思い出した。
「――なにをバカなッ! そんな邪悪な考えで編入してきたというのかッ」
数々の出来事を思い出し、氷河は赤面した。
「そうとも、お前は一生オレのモノだ」
バカの考えなしの言葉に、周囲の野次馬がどよめいた。
「すげぇー、プロポーズみた――」
「誰が、誰にだ」
氷河の剣呑な視線と声に、生徒は目を逸らし黙った。
「とにかく鈴木を降ろしてやれ、可哀想だろう」
一輝は鈴木のベルトと、僅かな衣服を掴んでいるだけだ。そんな乱暴な持ち方ではベルトが腹部に食い込んでしまう。鈴木は聖闘士ではなく、一般の生徒だ、それがこの獣には解らない。
「フッ、降ろせといわれ、オレが素直に従うと思うのか?」
一輝が口の端を吊り上げた。
「キサマ、それは暴力行為だぞ、キサマ、それでもセ――」
聖闘士か、という言葉を、氷河は辛うじて呑み込んだ。
「『セ』が、どうした?」
聖闘士とは神話の時代から、地上に悪が蔓延(はびこ)るとき、悪に対峙する女神のために闘う存在であった。
こんな場所で、その存在を口にできるはずがあるまいと、一輝は嗤った。
その事実に、氷河は奥歯を噛み締めた。
なぜ、こんな外道が瞬の兄なのかと、氷河は思う。
氷河はいかに、この外道をフェンスから叩き落とし、鈴木を無事に取り戻そうかと、思案を巡らせた。
それも、この野次馬の視線を掻い潜りながら、だ――。
光速の拳、これは問題はない。
氷河の腕の一振りで、事はなる。
だが、鈴木を取り戻すべくフェンスを駆け上れば、人間離れした動きを見咎められてしまう。鈴木の身体が、光速には耐え切れないからだ。
「どうした、氷河? 跪(ひざまづ)いて懇願するのなら、おまえの可愛い『弟』を、開放してやらぬでもない」
鈴木と野次馬を気にかけ、身動きできない氷河に、バカが勝ち誇った。
一瞬、殴り倒そうと思ったが、止めた。
このような場所で、このようなバカを相手にすれば、沙織になにをいわれるかは、明々白々であった。
氷河は後の報復を誓いながらも、膝を折った。
「キサマ…それほどまでに」
膝を折る前より険悪な顔で、一輝が呻いた。
「うるさい――『跪け』といったのは…」
ふと見上げた一輝の行動に、氷河は呼吸を止めた。
一輝が鈴木を放り投げたのを目にし、氷河はフェンスを駆け登るべく立ち上がった。
もう、人目がどうのと、考えている場合ではなかった。
「――なッ」
鈴木を助けるべく地を蹴った氷河と、鈴木の身体が空間で交差した。それで、一輝がフェンスの向こう側ではなく、こちら側に鈴木を放り投げたのだと気づいた。
だが、気づいたときには、臀部に衝撃を受けた。
外道のバカに臀部を蹴られたのだと思い至ったのは、フェンスから落下しながらだった。
氷河なら校舎の凸(とつ)部に足を掛け、駆け上れないわけではなかったが、そんなことをすれば沙織の口にする『人間離れ』した行動となってしまう。
落ちるしかなかった。
空間に踊り出、落下しながら、鈴木は暗黒四天王の一人、暗黒白鳥星座・スワンに抱きかかえられるのを、氷河は目にしていた
3階建ての校舎の屋上から落下しながら、脇に伸びていた木の枝に腕をかけた。
だが、とっさの出来事に、氷河は枝の太さと強度をを見誤ってしまった。
掴むと同時に折れた木の枝ごと、氷河は地面に落下していた。
――クッ、一輝ッ。
この怨みをどう晴らそうかと思いながら、氷河は瞼を閉じ、周囲の様子を伺った。
黄金聖闘士の光速の拳を受け、大理石をも砕いた青銅聖闘士の身体であった。校舎から落ちるぐらい、どうということはなかった。
だが、校舎の屋上から落下し、即、立ちがるのは『人間離れ』した行動に入る。
――転校したい。
切に、氷河はそう思った。
だが、あのバカは氷河を付け回すためにこの辺鄙な場所の学園に転入してきた、と口にした。
一輝は現実離れしたことばかり口にするが、冗談はいわない男であった。
現に、氷河の通う学校へは、どこへでも現れた。
ギリシャに行こう――、と思った氷河は、聖戦に赴いた青銅聖闘士は女神の名の許、聖域に立ち入り禁止なことを思い出していた。
それに、一輝のバカから逃げるようにギリシャに向かうのも、どうかと思う。
周囲に人垣のできはじめた気配に、氷河は瞼を開いた。
途端、目の前に広がる花畑に、氷河は目を見張った。
打ちどころが悪く、どうにかなってしまったのかと思った。
「大丈夫? 城戸くん」
見慣れた生徒に声を掛けられ、氷河は上体を起こした。
身体の下で無残に潰された花々を目にし、氷河は顔面から花壇に落下したことを悟り、なるべく花々を傷つけないよう、そこから出、木の枝を取り除いた。
「どうしたの? なにか辛いことでもあるの? 教室に行きたくないのなら、ボクと保健室に行こうよ」
遠慮がちに声をかけてくる生徒から、氷河は視線を逸らした。
いきなり頭上から落下してきたのでは、自殺を疑われても仕方がなかった。
「遊びなの? 遊びでそんなことをしたら、危ないよ――」
自分に注がれる視線に、氷河は当惑した。
どう答えたらいいのか解らない。
「――それとも、地面が花壇だから大丈夫だと思って、わざと飛び降りたの?」
追い打ちを掛けられ、氷河は無残に散った花々を見た。
落下した先が花壇だと知っていれば、空中で軌道を逸すことぐらいはできたものをと、氷河は悔やんだ。
「こめん――でも、わざとじゃあないんだ」
氷河も心を癒していくれる花に愛情を感じていた。
とくに、母の好んだバラは愛おしいと思う。
「じゃあ、花壇の手入れ、手伝ってくれる?」
名も知らぬ生徒の提案に、氷河は一も二もなく頷いた。
「勿論――」
園芸部の佐々木と名乗った生徒に握手を求めるべく、腕を差し出した氷河の動きが凍りついた。
佐々木の背後に、憤怒の形相を浮かべた一輝の姿を見出したからであった。
■ 終わり ■
思いの外、長くなってしまいすみませんでした(お付き合い下さり、ありがとうございますッ)
拍手をくれた方、ありがとうございます。
人が見てくれていると思うと、やる気が出ますね(ペコリ)
一輝がまた、鈴木の身体を揺さぶった。
「止めろ、一輝――」
「オォーすげぇ、ハリウットだハリウット」
鈴木の悲鳴と、それを追う氷河の疾走を目にし、何事かと屋上に登ってきた複数の生徒の一人が、氷河の言葉を遮った。
その言葉に、美女を片手にビルを登った何かの動物の映画があったのを、氷河は思い出していた。
なにか、大きな動物だった。
「すげぇ、片腕だぜ、片腕――」
別の生徒が興奮した声を放った。
「アレ、城戸だろう? 只者じゃあないと思ったが、すげー」
生徒の言葉に氷河は我に返り、周囲を見回し、数十人に登る野次馬に吐息を漏らした。
これだけ目撃者がいれば、この珍事が沙織の耳に入ることは明らかであった。
「止めろといっているだろう、一輝」
できることなら、高速の拳で一輝をフェンスから叩き落としたかった。
だがそれをすれば、鈴木が巻き添えになる。
「獅子は子を、千仞(せんじん)の滝から落とすというぞ」
「お前は鈴木の父親かッ」
無茶苦茶な理論に氷河は肚を立てた。
「おい、こっちも城戸だぞ」
喚く氷河に気づいた生徒が口を開いた。
「城戸・兄が抱えているのは、1年の鈴木だぜ」
悲鳴を放ち続ける鈴木に目を止めた生徒が、誰にともなく呟いた。
「じゃぁ、兄弟で取り合ってるのか――」
「誰が、誰を取り合う? 人を物のようにいうのや止めろ」
鈴木は玩具ではないのだと、氷河は肚を立てた。
「黙れ、大体キサマが悪いのだ」
一輝は掴んでいたフェンスを離し、氷河に指を突きつけた。
「バカ、止めろッ。バランスを崩したらどうする? ――それに、なぜ、オレが悪い?」
このぐらいのことで一輝がバランスを崩すわけはないが、周囲の目がある。それに、鈴木をいきなり攫い、無体な真似をしているのは誰でもない、一輝であった。
「朝から晩までコヤツと行動を共にしおって」
今や、恐怖で凍り付いている鈴木を振りかざした。
「それになんの不都合がある?」
鈴木は氷河を慕っている。幼いころ一輝を慕い、傍らに寄り添っていた瞬と変わりがない。
「バカ者ッ、なんでこの一輝が、こんな辺鄙な場所に来たと思う」
一輝が自身の胸を叩いた。
「沙織さんに命じられたから、だろう?」
大体、氷河が以前の学校で体育館を破壊してしまった責任は、万事一輝にある。
大体の災厄は、このバカが運んでくる。
「バカ者ッ、そんなことでこの一輝が動くと思っているのか」
氷河は富士で風穴での闘い以来、何度か一輝に螺子伏せられた事があった。
それを、思い出した。
「――なにをバカなッ! そんな邪悪な考えで編入してきたというのかッ」
数々の出来事を思い出し、氷河は赤面した。
「そうとも、お前は一生オレのモノだ」
バカの考えなしの言葉に、周囲の野次馬がどよめいた。
「すげぇー、プロポーズみた――」
「誰が、誰にだ」
氷河の剣呑な視線と声に、生徒は目を逸らし黙った。
「とにかく鈴木を降ろしてやれ、可哀想だろう」
一輝は鈴木のベルトと、僅かな衣服を掴んでいるだけだ。そんな乱暴な持ち方ではベルトが腹部に食い込んでしまう。鈴木は聖闘士ではなく、一般の生徒だ、それがこの獣には解らない。
「フッ、降ろせといわれ、オレが素直に従うと思うのか?」
一輝が口の端を吊り上げた。
「キサマ、それは暴力行為だぞ、キサマ、それでもセ――」
聖闘士か、という言葉を、氷河は辛うじて呑み込んだ。
「『セ』が、どうした?」
聖闘士とは神話の時代から、地上に悪が蔓延(はびこ)るとき、悪に対峙する女神のために闘う存在であった。
こんな場所で、その存在を口にできるはずがあるまいと、一輝は嗤った。
その事実に、氷河は奥歯を噛み締めた。
なぜ、こんな外道が瞬の兄なのかと、氷河は思う。
氷河はいかに、この外道をフェンスから叩き落とし、鈴木を無事に取り戻そうかと、思案を巡らせた。
それも、この野次馬の視線を掻い潜りながら、だ――。
光速の拳、これは問題はない。
氷河の腕の一振りで、事はなる。
だが、鈴木を取り戻すべくフェンスを駆け上れば、人間離れした動きを見咎められてしまう。鈴木の身体が、光速には耐え切れないからだ。
「どうした、氷河? 跪(ひざまづ)いて懇願するのなら、おまえの可愛い『弟』を、開放してやらぬでもない」
鈴木と野次馬を気にかけ、身動きできない氷河に、バカが勝ち誇った。
一瞬、殴り倒そうと思ったが、止めた。
このような場所で、このようなバカを相手にすれば、沙織になにをいわれるかは、明々白々であった。
氷河は後の報復を誓いながらも、膝を折った。
「キサマ…それほどまでに」
膝を折る前より険悪な顔で、一輝が呻いた。
「うるさい――『跪け』といったのは…」
ふと見上げた一輝の行動に、氷河は呼吸を止めた。
一輝が鈴木を放り投げたのを目にし、氷河はフェンスを駆け登るべく立ち上がった。
もう、人目がどうのと、考えている場合ではなかった。
「――なッ」
鈴木を助けるべく地を蹴った氷河と、鈴木の身体が空間で交差した。それで、一輝がフェンスの向こう側ではなく、こちら側に鈴木を放り投げたのだと気づいた。
だが、気づいたときには、臀部に衝撃を受けた。
外道のバカに臀部を蹴られたのだと思い至ったのは、フェンスから落下しながらだった。
氷河なら校舎の凸(とつ)部に足を掛け、駆け上れないわけではなかったが、そんなことをすれば沙織の口にする『人間離れ』した行動となってしまう。
落ちるしかなかった。
空間に踊り出、落下しながら、鈴木は暗黒四天王の一人、暗黒白鳥星座・スワンに抱きかかえられるのを、氷河は目にしていた
3階建ての校舎の屋上から落下しながら、脇に伸びていた木の枝に腕をかけた。
だが、とっさの出来事に、氷河は枝の太さと強度をを見誤ってしまった。
掴むと同時に折れた木の枝ごと、氷河は地面に落下していた。
――クッ、一輝ッ。
この怨みをどう晴らそうかと思いながら、氷河は瞼を閉じ、周囲の様子を伺った。
黄金聖闘士の光速の拳を受け、大理石をも砕いた青銅聖闘士の身体であった。校舎から落ちるぐらい、どうということはなかった。
だが、校舎の屋上から落下し、即、立ちがるのは『人間離れ』した行動に入る。
――転校したい。
切に、氷河はそう思った。
だが、あのバカは氷河を付け回すためにこの辺鄙な場所の学園に転入してきた、と口にした。
一輝は現実離れしたことばかり口にするが、冗談はいわない男であった。
現に、氷河の通う学校へは、どこへでも現れた。
ギリシャに行こう――、と思った氷河は、聖戦に赴いた青銅聖闘士は女神の名の許、聖域に立ち入り禁止なことを思い出していた。
それに、一輝のバカから逃げるようにギリシャに向かうのも、どうかと思う。
周囲に人垣のできはじめた気配に、氷河は瞼を開いた。
途端、目の前に広がる花畑に、氷河は目を見張った。
打ちどころが悪く、どうにかなってしまったのかと思った。
「大丈夫? 城戸くん」
見慣れた生徒に声を掛けられ、氷河は上体を起こした。
身体の下で無残に潰された花々を目にし、氷河は顔面から花壇に落下したことを悟り、なるべく花々を傷つけないよう、そこから出、木の枝を取り除いた。
「どうしたの? なにか辛いことでもあるの? 教室に行きたくないのなら、ボクと保健室に行こうよ」
遠慮がちに声をかけてくる生徒から、氷河は視線を逸らした。
いきなり頭上から落下してきたのでは、自殺を疑われても仕方がなかった。
「遊びなの? 遊びでそんなことをしたら、危ないよ――」
自分に注がれる視線に、氷河は当惑した。
どう答えたらいいのか解らない。
「――それとも、地面が花壇だから大丈夫だと思って、わざと飛び降りたの?」
追い打ちを掛けられ、氷河は無残に散った花々を見た。
落下した先が花壇だと知っていれば、空中で軌道を逸すことぐらいはできたものをと、氷河は悔やんだ。
「こめん――でも、わざとじゃあないんだ」
氷河も心を癒していくれる花に愛情を感じていた。
とくに、母の好んだバラは愛おしいと思う。
「じゃあ、花壇の手入れ、手伝ってくれる?」
名も知らぬ生徒の提案に、氷河は一も二もなく頷いた。
「勿論――」
園芸部の佐々木と名乗った生徒に握手を求めるべく、腕を差し出した氷河の動きが凍りついた。
佐々木の背後に、憤怒の形相を浮かべた一輝の姿を見出したからであった。
■ 終わり ■
思いの外、長くなってしまいすみませんでした(お付き合い下さり、ありがとうございますッ)
拍手をくれた方、ありがとうございます。
人が見てくれていると思うと、やる気が出ますね(ペコリ)
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