モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

No19 閑話休題。メキシコの発見は?

2010-10-12 08:49:44 | メキシコのサルビアとプラントハンター
メキシコのサルビアとプラントハンターの物語 No19 

いまから518年前の1492年10月12日、コロンブスが新大陸に到着した。

(地図)サン・サルバドル島とカリブ海諸島


到着した場所は、キューバの北東に位置するバハマ諸島の東端にある島であり、この島に上陸し、神に感謝してその島に“聖なる救世主”を意味する“サン・サルバドル”と命名した。

南アメリカ大陸、オセアニア大陸はまだ知られていないが、この時点から世界は大きく広がり、速いスピードで動き始めることになる。この世界を広げていく冒険(冒険には投資がつきものだが)の動機は、黄金と征服欲望にあったようだ。
この当時のヨーロッパでは金・銀の産出量が少なく、高価な香辛料などの輸入で決済する金・銀が枯渇状態にあった。

金を求めるスペイン人の行動は直線的で貪欲だった。20年間はカリブ海の諸島から採取できる砂金でゴールドラッシュ状態だったが、1515年以降は急激に砂金が取れなくなってしまった。
そこでやっと、アメリカ大陸の方に目が向き始めた。
何しろ、金のあるところにはスペイン人が現れ、スペイン人が現れたところは部族社会が崩壊し人口減少となるというほど搾取とヨーロッパから持ち込んだ病原菌で現地社会を壊滅状態にしたほどだ。

メキシコの発見は偶然だったようだ。
奴隷狩りを目的にキューバ島のサンティアゴを1517年2月8日に出航した船が、嵐に巻き込まれ偶然にユカタン半島の北端にたどり着いた。
船から陸地に5.5㎞入ったところに大きな集落を発見した。カリブ海の島々にはない大きなものでこれがマヤ文明との歴史的な出会いであった。
そして、上陸して神殿で金製品を見つけてしまった。

この時の船長は、コルドバ(Francisco Hernández de Córdoba, ?-1517年)で、ユカタン半島の発見者として名を残したが、チャンポトン近くでのマヤ人の襲撃で受けた傷でキューバに戻ってから死亡した。

金製品を見つけたスペイン人は、それを略奪するという投資をすることになる。しかも投資は回収しなければならないので信頼できるものでなければならない。
発見者のコルドバは信頼できないので排除され、この失意が死を速めたようでもある。
選ばれたのは、この時の総督ベラスケスの甥グリハルバであり、1518年1月末にサンチャゴを出航した。
結論を急ぐが、グリハルバも約690kgの金を持って帰り、何かがあるという疑問がなくなり確信に変わったようだ。

第三回の探検隊は、メキシコを征服したコルテス(Hernán Cortés, 1485-1547)が登場することになる。コルテスは1518年11月18日にサンチャゴを出航した。

コロンブス本人は、アメリカ大陸に着いたのではなく、インドに着いたと信じて疑っていなかった。
そして、死ぬまで黄金の島ジパング(日本)、さらにはアジアの香辛料を求めてモルッカ諸島にたどり着きたいというロマンを持ち続けた。

コルテスは、1521年8月31日にアステカ帝国を滅ぼしたので、実にあっという間の出来事だった。
そして、征服者スペイン人は、現実的な黄金だけを求め中南米を破壊尽くしたという。

そんな中で、美しく多様な植物は、その美しさを発見してもらうために300年間そこに咲き続けていた。
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