昨日、小学校のクラス会だった。
4年に一度は、当時の担任の先生をお呼びしている。
宴の最後に、恩師の言葉。
「今の私でも、
こんなことしたい、
あれやりたい、
なんて思うのだから、
君たちには、もっと
あるでしょう。
お互い、
まだまだ『余白』
のある人生です。」
恩師の言葉は、ミドル世代が考えるべき課題を
ズバリ捉えていた。
ミドル世代は、「これまでの蓄積とそれらの維持、後進の助言者になること」
と定義されがち。その通りであるが、その後に衰退ステージが待ち構えていると
いうのが前提だ。場合によっては、今の居場所から退場を余儀なくされる、と予期する。
だから、暗くなる。
年金支給は、75歳以上がほぼ確定だろう。
ミドル世代は、少なくとも、あと25年から30年は働かなければならない。
これは、どう足掻いても避けられない。衰退ステージどころではない。
恩師の言う通り、
「まだまだ余白がある」わけだ。
だからこそ、ミドル世代こそ、「棚卸」が必要だ。
これまでの能力、知識、得意・不得意、資格、などなど。
これまでの自分を一度、時間をかけて、探求しておく。
そうすると、、、、、
「余白」というキャンバスになにを書けばいいか、見えてくるはずだ。
1、2日程度のワークでは難しいが、しっかりとした時間と機会を
用意すれば、「まだまだある余白」に絵を描くことができる。
これからの25年、30年、どんな毎日を過ごすのか。
これからの余白の主人公は「自分」にしてはどうだろうか。
4年に一度は、当時の担任の先生をお呼びしている。
宴の最後に、恩師の言葉。
「今の私でも、
こんなことしたい、
あれやりたい、
なんて思うのだから、
君たちには、もっと
あるでしょう。
お互い、
まだまだ『余白』
のある人生です。」
恩師の言葉は、ミドル世代が考えるべき課題を
ズバリ捉えていた。
ミドル世代は、「これまでの蓄積とそれらの維持、後進の助言者になること」
と定義されがち。その通りであるが、その後に衰退ステージが待ち構えていると
いうのが前提だ。場合によっては、今の居場所から退場を余儀なくされる、と予期する。
だから、暗くなる。
年金支給は、75歳以上がほぼ確定だろう。
ミドル世代は、少なくとも、あと25年から30年は働かなければならない。
これは、どう足掻いても避けられない。衰退ステージどころではない。
恩師の言う通り、
「まだまだ余白がある」わけだ。
だからこそ、ミドル世代こそ、「棚卸」が必要だ。
これまでの能力、知識、得意・不得意、資格、などなど。
これまでの自分を一度、時間をかけて、探求しておく。
そうすると、、、、、
「余白」というキャンバスになにを書けばいいか、見えてくるはずだ。
1、2日程度のワークでは難しいが、しっかりとした時間と機会を
用意すれば、「まだまだある余白」に絵を描くことができる。
これからの25年、30年、どんな毎日を過ごすのか。
これからの余白の主人公は「自分」にしてはどうだろうか。
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