天津ドーナツ

みんなで力を合わせて、天津の日本語教育を楽しく、元気にしましょう。ご意見・ご要望は左下の「メッセージ」からどうぞ。

英語ペラペラ、頭の中も薄っぺら…元NHKアナウンサー塚越恒爾さんのブログから

2012-04-18 20:59:34 | 日本語学習法
最近、ある企業の採用担当者から悩みを聞いた。
 昔、メディア研修で教えたことのある50代のエリートだ。
 このところ、“しっかりした通訳が出来る人間”を探すのに苦労をしているという。
 「今時の若者だから、英語ペラペラなんてのは、そこら中に転がってるでしょう」
 「そうですね。英語ペラペラだけなら、掃いて捨てるほどいますねえ。でもね、一昔前ですと、英語でもフランス語でも外国語が堪能であれば、ある程度、知的レベルとか視野の広さも備わっていた。最近は、そうはいかないんです」
 という。
 「外国語ペラペラ、頭の中はウスッペラですか」
 「ま、一概には言えませんが、その手が増えてきましたねえ」
 「外資系の企業なんか・・・ま、御社もそうだけど、いまでも帰国子女を探して、手を回したりしてるんでしょう」
 「一頃はね、でも、近頃は、かなり事情が違ってきましたね」
 「帰国子女でも、英語が出来るとは限らない」
 「英語が話せるということと、通訳が出来ると言うことは、別ですよね。どうも、そこのところが、今の若い人や、英語教育の関係者は、ゴチャゴチャになっているんじゃないでしょうか。
 フランス語がネイティブで、TOEICが何ぼで、なんて言うので、会ってみると、頭の中がね・・・頭抱えちゃいます。どうなってるんでしょう」
 「ネイティブって言葉を・・・その人たちは勘違いしてるのかな」
 「そうだと思いますね」
 「日本人として日本で生まれ育ったら、ネイティブは日本語しかないよね」
 「そんなの目指したって無理というか、無駄でしょ。でも、特訓で何とかなるかも・・・なんてね」
 「多分。私は、今の日本人の通訳に欠けているのは、日本語力だと思うよ」
 「はあ、そうですね。言葉を理解したり、意味通りに使えたりすることは出来ても、頭の中が空っぽじゃ駄目ですよね。外国語は外国語、セカンドランゲージとして学べばいいんで、『“おかしなネイティブ”を目標にして』ひたすらペラペラ話せばいいと思ってる『勘違い人間』が、沢山できちまったんですねえ、国籍不明の」
 「昔ね。NHKで、石田武さんて、いい先輩がいてね・・・今のタレントの、ほら素足で靴を履いてる、あの人のお父さんだけどね・・・私が渡米するとき、こんなことを教えてくれたな『エレベータが目の前で通り過ぎちゃった。そのとき“ちきしょう”とか、“ああー”と思うのではなくて、“ガッシュ!”って思うのがネイティブなんだな』って。『恒さんは、そんな風に思う必要はないんだよ。念のためね』ってね」
 「と言うことは、『ネイティブになんかならなくっていいのだ』ということでしょ。英語ができても、知的なレベルっていうか、思考力とか、反応の早さとか、発想力とか、要するに我が社の仕事をこなしてゆくのに必要な能力・・・手っ取り早く言えば、総合的な知的能力が欲しいんですがねえ」
・・・・嗚呼! 日本の教育よ まだ目が醒めないのかねえ。



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日本語ぺらぺら、頭の中も薄っぺら、という人間を育てていないか、反省せざるを得ません。

顔と運と人生の法則…「顔」を見れば、その人の脳力・思考・感情の傾向が分かるそうです

2012-04-18 11:14:17 | ドーナツの宝
人生は運であり、運は顔が支配し、
 顔は脳が育てる――。
 
 達磨大師が説いたこの「観相学」を研究して、
 もう六十年近くになります。
 
 多くの徳人や悪人、成功者たちの顔を見てきて、
 私はようやく最近大師の教えに
 ゆるぎない確信を持つようになりました。

 人は誰でも、表と裏の面を併せ持っています。
 日のあたらないところにこそ多くのドラマがあり、
 味がある。
 
 それが如実に表れるのが、顔なのです。

     (中略)

 達磨大師(だるまたいし)は、

「肉体は脳の影、現象は心の所見」

 といっています。
 
 脳には「脳相」があり、
 これが「顔相」になって現れるのです。

 これを受けて嘉祥大師は、

「人生を左右するものは『運』であり、
その運を支配するのは顔である。

そしてその顔を作り上げるのは『脳』である」

 という理論を打ち立てました。
 
 現在、私の主宰する「嘉祥流観相学」は、
 この理論を基に脳と顔と運の因果関係を科学的に解明し、
 観相学を占いのような統計学ではなく、
 自然科学の学問として方程式化したものなのです。

 人の顔や体は、遺伝子によって土台が作られますが、
 脳はおよそ二十年かけて完成します。
 
 その人物がどういう環境に育ったか、
 どういうことを学んだか、どういうことを考えたかによって、
 およそ二十年かけて相を形成し、
 これが顔相に影響を与えるのです。

 例えば、小さい頃から
 「聞こう、聞こう」と脳が意識する機会が多いと、
 耳の血流が増え、次第に耳が大きくなっていきます。
 
 地獄耳といわれた松下さんの耳は当然大きかったし、
 幼少期に「人質に出されるのでは」と
 おびえていた徳川家康の耳が大きかったのも、
 大人の話に耳をそば立てていたからといえます。

 自己主張が必要な環境に置かれ続ければ、
 多く言葉を発しようとして口が発達します。
 
 勉強や仕事など、何かに一所懸命打ち込むと、
 前頭葉が活性化しエネルギーが発生するので、
 額に汗をかき毛根にダメージを与え、
 結果、額が広くなります。
 
 目や鼻、眉の細部に至るまで、
 脳の指令が働いていないところはありません。
 
 つまり顔を見れば、その人物のルーツから
 性格や育った環境、それまでの歩み、
 そして今後の運など、すべてがわかるのです。

     ☆  ☆

 私は松下さんをはじめ、井深さんや本田宗一郎さんなど、
 日本を世界に名立たる経済大国にまで成長させた
 多くの偉大な人たちの表の顔や横顔、
 裏の顔に至るまでを垣間見てきました。
 
 顔のプロとして見るならば、
 彼らの顔は、大きく二種に分類できます。

 一つは「牛顔」です。
 
 えらがクッと張り顎が発達した四角い顔。
 松下さんも井深さんも、この類に属します。

 そしてもう一つが「馬顔」。
 
 小泉純一郎首相やアメリカのブッシュ大統領のように、
 えらが発達していない顔です。
 
 このタイプは、論理的で、イデオロギーを盾に
 ガンガン前に突き進んでいきますが、
 気がつくと誰もついてきていない、
 ということが間々あります。
 
 参謀なら大成功を収めますが、
 リーダーになるとさまざまな問題が生じてしまいます。

 また私は常々、
 「お嫁さんにするならえらの張った女性」といいます。
 
 強い意志を持って男を支え、
 ときに叱咤激励しながら男の心を燃え上がらせる
 「はげまし顔」の女性。
 
 人の心をつかみ、勇気や希望を与える、
 いわゆる人徳者は、多くが牛顔をしているのです。

(『致知』ホームページからの転載です)

ミニブログと私…中華杯スピーチコンテストのテーマ?

2012-04-13 23:54:02 | 日本語学習法
今日、学生達にスピーチの指導をしました。

備忘録代わりに、ポイントを書いておくことにします。

なお、スピーチそのものについての記述は、8割以上、NHKアナウンサーだった塚越恒爾さんから

教えていただいたものです。



まず、スピーチそのものについて。

1.一致:内容(辞書的な意味)・声(耳で捉えられるもの)・表情や動作(目で捉えられるもの)

     が一致していること

2.構成:出来事の時系列・感情や考えの変化の流れが前後しないように。

3.印象:スピーチが始まる前の態度・最初の10秒~30秒でおおよその判断をされる

4.強調の技法:声の大小・高低・スピード・間

5.一字一句憶えるのではなく、「伝えたいこと」と「話の流れ」を憶える

6.具体的に:「良い影響を与えます」「役に立ちます」「生活が楽しくなります」は、どのような対象にでも

       使うことができます。つまり、「ミニブログと私」の関わりの説明ではありません。

       「パソコン・携帯電話・ラジオ・テキスト・炊飯器・洗濯機…は役に立ちます」のよう言えるからです。

7.最初から全体に向かって話をするのではなく、まずは1人に狙いを絞って、思いを伝える。

  その後、もう1人、もう1人、というように増やしていく。

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「ミニブログと私」というテーマにきちんと答えるために。

1.次の3つの区別をつける

(1)ミニブログの特徴の紹介

(2)ミニブログでしたこと・経験

(3)ミニブログと自分の関係



今回のテーマは、「ミニブログの機能の紹介」でも、「ミニブログの長所」でもありません。

「ミニブログ」というものと「私」との関係です。



ですので、ミニブログの本質を捉えた上で、自分の経験をもとに、

ミニブログと自分との関わりを考えてみる、というのが、このテーマの要求していることだと私は考えました。

皆さんも、「このテーマは何を要求しているのか」ということを考えてみてください。

人柄が農作物の質を決める…NHK番組『プロフェッショナル』から

2012-04-11 08:58:54 | 顧問・アドバイザーから
清明節の間に、NHKの『プロフェッショナル』やテレビ東京の『和風総本家』を見続けました。

目的は、「本当に良い仕事をしている人」に学ぶためです。



その番組(つまり、その人たちの仕事の仕方・生き方)から学んだことは、

本当にたくさんあって、自分がいかに楽な仕事をしてきたかということがわかりました。



「宝物は、自分のすぐ足もとにある」というテーマで、あるデザイナーが出演しました。

その人がパッケージをデザインしたら、まったく売れなかったものが1年間に20億円も売れるようになった、

というぐらい、有名な人です。



その方にはポリシーがあって、仕事を引き受けるかどうかは、

「相手の人柄で決める」そうです。

理由は、「人柄が良い人が作ったものじゃないと、本当にはおいしくない」から、ということでした。

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私は、農作物の出来が人柄に影響されるということを、信じていませんでした。

それは、学生がどんな人間になるのかということは、教師の人間性とは関わりがないと考えていた、

ということでもあります。



「作物を育てる技術さえあれば、いい作物ができるんじゃないか」

「教える技術さえあれば、学生の成績は伸びるんじゃないか」

そう思っていましたし、実際、日本での大学受験予備校で学科主任をしていたときには、

3年連続で筆記試験の記録を更新していました。

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人柄だけで、日本語が教えられるとは思いません。

授業をする技術は、絶対に必要です。



ただ、そのことと、学生達がどんな人間になるのか、ということはまったく別のことではないだろうか、

と思い始めています。

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おそらく、授業のテクニックを盗むことはできるのでしょう。

そして、オリジナルのレベルに達していなくても、

何も知らない人を相手に、自分の授業はすばらしいと宣伝することも、できるのでしょう。



しかし、そういう教師に育てられた学生は、ほとんどの場合、同じことを繰り返します。

それも、無意識に、です。

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ある地域の教師会は、何もない状態から本当に苦労して教師会を作った女性教師を、

その地域から追い出しました。

それも、「授業の研究なんて面倒くさい」という理由で、です。



一番苦労をした人を追い出すような人たちでも、授業のテクニックを磨くことはできます。

でも、それは偽者だと私は思います。

なぜなら、そういう人たちの頭にあるのは、「人に見せるための授業のテクニック」であり、

「学生の中身がどう変化しているのか」ということを見極めることはできないからです。

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本当にいいものを作っている人は、どんな分野でも「心」という言葉を使います。

一番たいへんな仕事をした人を追い出すような人たちには、決して分からないことなのかもしれませんが、

日本語教師も、テクニックと同時に、「心を込める」という言葉の本当の意味を考えてほしいと思っています。

豊かな発想が生まれる考え方

2012-04-08 03:19:09 | 顧問・アドバイザーから
何かを目指して、それに向かっていくと、それは結局チープなものにしかならないと思うんですよね。

効率優先とか、最短解みたいに見えるけれども、それは本当の解ではない。

「今からあの地点に行くためにどうしたらいいか」というとき、人間が持つ想像力ってたいしたことないと思うんです。

設計ではなく発生してきたものが残るのではないでしょうか

(アートディレクター、水野学さん)

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「目標を決める」こと自体はとてもいいことだと思いますが、目標によっては、人生が貧しくなってしまう可能性もあると私も思います。それ以外のことが視野に入らなくなるからです。

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芸術作品を作るときも、

「一つだけ、いい作品を作ってください。チャンスは1回です。」と言われたチームより、

「とにかくたくさん作って、いいものだけ残してください」と言われたチームのほうが、結果は良かったという報告もあります。



無計画に何でもやり、やりっぱなしで終わるというのでは困りますが、

そのときそのときのベストを尽くし、改善点も探るという努力をするのであれば、

必要だと思うこと・やってみたいと思うことにどんどんチャレンジして、その中から自然に残っていくものを

磨いていくというやりかたのほうが、私はいいものが残るように思います。



ドーナツという日本語サークルが、スピーチコンテストやカラオケ、留学生との交流会、考えるための日本語ゼミ、就職対策講座…などのいろいろな活動に取り組んでいるのも、何が本当に天津の学生に必要なのかを探るためです。

また、それぞれの活動のやりかたも、「これはスピーチコンテストではない」と言う人もいるぐらい、いろいろなやりかたを試しています。



国際交流基金の日本語教育専門家も、「10のことをやって2ぐらい残れば上出来ではないか」とおっしゃっておりました。

「お百姓さん」という言葉も、「100の種類の作物を育てる人」という意味だそうです。

それは、「一つの作物だけを育てていたら、その作物が不作だったら大打撃を受ける。それを避けるため」でもあります。



本当にいいものを残したい・生き残りたいと思うからこそ、よく考えた上で、いろいろなことに取り組んでいる、それが今のドーナツです。