この前、
ナポレオンの伝記を、読んでいたら、
こういう話しが、でていた。
ナポレオンが、ワーテルローの会戦に敗れ、
とうとう、イギリス軍に、とらわれ、
捕虜(ほりょ)として、船で、イギリスに向かう。
イギリスのプリマスの港(みなと)に、着いた時、
港には、20年間、世界を震撼(しんかん)させ、
イギリスに悪夢の苦しみを、味あわせた、
対敵『ナポレオン』を、見ようと、
群集で、あふれかえっていた。
ナポレオンは、見せ物になることを、
好まなかった。
船室の中で、じっとしていたが、
新鮮(しんせん)な空気を吸うために、
とうとう、船室を出て、
船尾の最高甲板(かんぱん)に、上る。
何千人の群集は、目を凝(こ)らした。
その有名な黒萌黄(くろもえぎ)の上着、
三角帽、短身、蒼白(そうはく)な顔、
全世界を、20年にわたって、
震撼(しんかん)させた巨人が、
翼(つばさ)を、もがれ、
爪(つめ)を、抜(ぬ)かれ、
単身、一個の武装なき人間として、
眼前に、立っている。
その姿の、リンとして、
敗戦失意の人に、
なんと、似ていないことか!!!
その瞬間に、説明しがたい事件が、起こった。
見渡すかぎりのイギリス人が、
船の上、陸の上、
一人も残らず、脱帽(だつぼう)したのだ。
だれの指図(さしず)ともなく、
いっせいに、脱帽したのだ。
それは、イギリスの民衆が、
この世界的天才児に、はらった、
本能的な敬意(けいい)で、あった!
人間は、人間を、知る。
イギリスの民衆は、
国籍を、超越(ちょうえつ)して、
闘争(とうそう)を、脱却(だっきゃく)して、
ただ、粛然(しゅくぜん)と、
稀世(きせい)の英雄児の、
魂(たましい)に向かって、
敬礼(けいれい)した。
スゴイと思う。
人間とは、ここまで、
偉大(いだい)になれるものかと、思う。
ナポレオンは、戦争で、敗れても、
『負けていなかった!』
そして、勝った。
武器もない。兵隊もいない。
ただ一つの誇(ほこ)り、
それは、『自分が、人間であること!』
そのことによって、
ナポレオンは、勝った。
運命に敗れたとしても、
ナポレオンは、
人間であることに、勝利していた。
『われ、人間なり!』
その生命の、ほとばしりが、
イギリスの民衆を、
敬礼(けいれい)させたんだと思う。
創価学会では、
「仏法(ぶっぽう)は、勝負」と、よく言う。
それは、人間としての勝負だ。
人生には、時として、
形勢(けいせい)が不利(ふり)なときも、ある。
風向きが、自分に向いていない時もある。
けれど、
それは、負けではない。
なぜなら、
本当の勝負は、『人間』だからだ!
だから、
創価学会では、
勝つということも、大切だけれど、
『負けない!』ことを、重視(じゅうし)する。
どんなことが、あっても負けない!
それは、人間としての、
不屈(ふくつ)の魂(たましい)だからです。
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
イギリスの民衆を、敬礼(けいれい)させた、
ナポレオンの魂(たましい)・・。
それは・・・、
ぼくたちの中にも、あると思う。
人間として、もっとも、気高(けだか)く、
おおらかで、堂々とした、
最高の魂(たましい)。
それは、ナポレオンだけでなく、
すべての人間の中にある!
その人間の中で、
最も気高(けだか)く、偉大で、
素晴らしい、最高の生命。
人間として、最も強く、おおらかで、
なにものにも負けない、
どんな困難(こんなん)も打ち破(やぶ)っていける、
最強の生命・・・!
その生命のことを、
仏法(ぶっぽう)では、
『仏界(ぶっかい)』の生命という。
あるいは、仏(ほとけ)の生命という。
この仏界(ぶっかい)の生命は、
あなたの中にも、
ぼくの中にも、
すべての人の中にある!
実は、その『仏界の生命』を引き出すために、
どうしても、必要となってくるのが、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰なんです。
この仏界の生命を引き出す、
唯一(ゆいいつ)の方法が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。
残念ながら、
これだけは、
他の何をやってもダメです。
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰しかありません。
それが、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法です。
どういうことかというと、
その最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く、素晴らしい、最高の生命。
その生命を、
『仏界の生命』と呼ぶのならば、
その仏界(ぶっかい)の生命の名前が、
実は、
創価学会の人たちが、日々、となえている、
『南無妙法蓮華経』なんです・・!
だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
『南無妙法蓮華経』は、
最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く素晴らしい、最高の生命の名前なので、
その生命の名前を呼ぶことによって、
本来、自分がもっている、
気高くて、偉大で、
もっとも素晴らしい最高の生命が、
目を覚(さ)まし、引き出される!
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分の中から、
気高くて、偉大で、最高に素晴らしい生命が、
引き出されたならば、
当然(とうぜん)、その人は、負けない!!
ナポレオンのように!
その自分の中にある、
生命の力(ちから)によって、
どんな悩みも解決していけるし、
どんな困難も、乗り越(こ)えて、
夢や希望を、かなえていける・・!
そして、人生の中で、
必ず、勝利していける!!
創価学会の、南無妙法蓮華経を、
となえる仏法の信仰は、
ひとりひとりの心と生命に、
ナポレオンのような、『王者の心』を、
呼び覚(さ)まし、確立していくんです。
だから、負けない・・・!
だから、勝っていける・・・!
そして、その『王者の心』は、
やがて、あらゆる幸せを
引き寄(よ)せる結果となり、
その人に、勝利と幸せを、もたらし、
人間の王者として、輝(かがや)かせていく。
それは、あたかも・・、
イギリスの民衆が、
ナポレオンを見たときに、
人間として心から、彼に、
最敬礼を、したように・・・・!
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
ナポレオンの伝記を、読んでいたら、
こういう話しが、でていた。
ナポレオンが、ワーテルローの会戦に敗れ、
とうとう、イギリス軍に、とらわれ、
捕虜(ほりょ)として、船で、イギリスに向かう。
イギリスのプリマスの港(みなと)に、着いた時、
港には、20年間、世界を震撼(しんかん)させ、
イギリスに悪夢の苦しみを、味あわせた、
対敵『ナポレオン』を、見ようと、
群集で、あふれかえっていた。
ナポレオンは、見せ物になることを、
好まなかった。
船室の中で、じっとしていたが、
新鮮(しんせん)な空気を吸うために、
とうとう、船室を出て、
船尾の最高甲板(かんぱん)に、上る。
何千人の群集は、目を凝(こ)らした。
その有名な黒萌黄(くろもえぎ)の上着、
三角帽、短身、蒼白(そうはく)な顔、
全世界を、20年にわたって、
震撼(しんかん)させた巨人が、
翼(つばさ)を、もがれ、
爪(つめ)を、抜(ぬ)かれ、
単身、一個の武装なき人間として、
眼前に、立っている。
その姿の、リンとして、
敗戦失意の人に、
なんと、似ていないことか!!!
その瞬間に、説明しがたい事件が、起こった。
見渡すかぎりのイギリス人が、
船の上、陸の上、
一人も残らず、脱帽(だつぼう)したのだ。
だれの指図(さしず)ともなく、
いっせいに、脱帽したのだ。
それは、イギリスの民衆が、
この世界的天才児に、はらった、
本能的な敬意(けいい)で、あった!
人間は、人間を、知る。
イギリスの民衆は、
国籍を、超越(ちょうえつ)して、
闘争(とうそう)を、脱却(だっきゃく)して、
ただ、粛然(しゅくぜん)と、
稀世(きせい)の英雄児の、
魂(たましい)に向かって、
敬礼(けいれい)した。
スゴイと思う。
人間とは、ここまで、
偉大(いだい)になれるものかと、思う。
ナポレオンは、戦争で、敗れても、
『負けていなかった!』
そして、勝った。
武器もない。兵隊もいない。
ただ一つの誇(ほこ)り、
それは、『自分が、人間であること!』
そのことによって、
ナポレオンは、勝った。
運命に敗れたとしても、
ナポレオンは、
人間であることに、勝利していた。
『われ、人間なり!』
その生命の、ほとばしりが、
イギリスの民衆を、
敬礼(けいれい)させたんだと思う。
創価学会では、
「仏法(ぶっぽう)は、勝負」と、よく言う。
それは、人間としての勝負だ。
人生には、時として、
形勢(けいせい)が不利(ふり)なときも、ある。
風向きが、自分に向いていない時もある。
けれど、
それは、負けではない。
なぜなら、
本当の勝負は、『人間』だからだ!
だから、
創価学会では、
勝つということも、大切だけれど、
『負けない!』ことを、重視(じゅうし)する。
どんなことが、あっても負けない!
それは、人間としての、
不屈(ふくつ)の魂(たましい)だからです。
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
イギリスの民衆を、敬礼(けいれい)させた、
ナポレオンの魂(たましい)・・。
それは・・・、
ぼくたちの中にも、あると思う。
人間として、もっとも、気高(けだか)く、
おおらかで、堂々とした、
最高の魂(たましい)。
それは、ナポレオンだけでなく、
すべての人間の中にある!
その人間の中で、
最も気高(けだか)く、偉大で、
素晴らしい、最高の生命。
人間として、最も強く、おおらかで、
なにものにも負けない、
どんな困難(こんなん)も打ち破(やぶ)っていける、
最強の生命・・・!
その生命のことを、
仏法(ぶっぽう)では、
『仏界(ぶっかい)』の生命という。
あるいは、仏(ほとけ)の生命という。
この仏界(ぶっかい)の生命は、
あなたの中にも、
ぼくの中にも、
すべての人の中にある!
実は、その『仏界の生命』を引き出すために、
どうしても、必要となってくるのが、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰なんです。
この仏界の生命を引き出す、
唯一(ゆいいつ)の方法が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰なんです。
残念ながら、
これだけは、
他の何をやってもダメです。
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰しかありません。
それが、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法です。
どういうことかというと、
その最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く、素晴らしい、最高の生命。
その生命を、
『仏界の生命』と呼ぶのならば、
その仏界(ぶっかい)の生命の名前が、
実は、
創価学会の人たちが、日々、となえている、
『南無妙法蓮華経』なんです・・!
だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
『南無妙法蓮華経』は、
最も気高く、最も偉大で、
もっとも強く素晴らしい、最高の生命の名前なので、
その生命の名前を呼ぶことによって、
本来、自分がもっている、
気高くて、偉大で、
もっとも素晴らしい最高の生命が、
目を覚(さ)まし、引き出される!
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分の中から、
気高くて、偉大で、最高に素晴らしい生命が、
引き出されたならば、
当然(とうぜん)、その人は、負けない!!
ナポレオンのように!
その自分の中にある、
生命の力(ちから)によって、
どんな悩みも解決していけるし、
どんな困難も、乗り越(こ)えて、
夢や希望を、かなえていける・・!
そして、人生の中で、
必ず、勝利していける!!
創価学会の、南無妙法蓮華経を、
となえる仏法の信仰は、
ひとりひとりの心と生命に、
ナポレオンのような、『王者の心』を、
呼び覚(さ)まし、確立していくんです。
だから、負けない・・・!
だから、勝っていける・・・!
そして、その『王者の心』は、
やがて、あらゆる幸せを
引き寄(よ)せる結果となり、
その人に、勝利と幸せを、もたらし、
人間の王者として、輝(かがや)かせていく。
それは、あたかも・・、
イギリスの民衆が、
ナポレオンを見たときに、
人間として心から、彼に、
最敬礼を、したように・・・・!
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・