店を出て、アパートに戻り、少しでも風を通そうと玄関のドアを開け放つまで、誰も口をきかない。
女の話なんかして、なんだか雰囲気を悪くしてしまったのかなと思った仲林は、話題を変えるように、出された麦茶に口を付けながら言った。
「あれさ、やっぱりイヌかネコにしとけば良かったんだ。毛でも生やかしてさ」
上目遣いの先には、ほとんど売れず、夜逃げの原因となった商品が古ぼけた本棚の上に一つだけ置かれていた。この本棚は宇八の会社にあったものであるが、夜逃げの直前に持ち出す際に片目のダルマは捨て置かれた。
「いくらなんでもカモノハシなんてさ。誰も知らんし、しかもあんな銀色のプラスティックで」
「カモノハシのロボットなんだから、あれでいいの。ぬいぐるみやおもちゃじゃないって何度も言っただろ」
3年も前のことをほじくり返しやがってと思っているので、返事がぶっきらぼうだ。
「でも、仲林さんがおっしゃるようにもう少しみなさんに親しまれている動物でも」
「イヌやネコみたいに人ずれしてる連中のロボットなんか作って、何がおもしろいんだ?」
「おまえ、おもしろいかどうかで商売すんなって言っただろ? 金出してる奴らの身にもなってやれよ」
「せめて鴨じゃダメだったの? 鴨ってかわいいでしょ?」
「そうだよ。ネギでも背負わせりゃ、よかったかも」
「暑苦しいさなかにうだうだ繰り言ばっかり言いやがって……空飛んでるような奴の頭の中なんて想像できるかよ、おれに」
「へー、いつもは偉そうなことばっかり言ってるくせに」
「わかること、想像できることしか、おれは言ってないぞ、いつでも」
「じゃあ、オーストラリアだかどこだかにいる、卵を産む変な哺乳類のことなら想像できるのか?」
「うーん、想像してみたかったんだな。カモノハシ性を」
「なんだそりゃ?」
「『人間性』の問題だとか言うだろ? 極左のテロとか、無差別殺人の時に。あれと同じさ、『カモノハシ性』の問題だ」
欽二が呆気にとられたのは一瞬で、「またこれだ」と呟いて、かき氷で頭が痛くなったようなポーズを取った。栄子は、こういう場合にいつもそうするように、いつの間にか輪子を連れてどこかへ出て行っていた。
「……あれか? 去年の夏の丸の内のビル爆破とか、ピアノの音がうるさいとか言って隣人を殺しちまったような事件か?」
「うん、あれのヒントは浅間山荘事件とか大量粛清とかだったかな。あの時のテレビとか見てて、あ、こういうのはイデオロギーとか主義主張とかじゃなくて、あいつら人を殺したいから殺したんだなって思ったんだ。連中の主観はともかくとして、何かのきっかけで人を殺したいから殺すという観念にしがみ付かれてしまったんだ。それでこういう連中は、これからもっと増えるんじゃないかって思ったんだ。まあ不幸にしてそうなっているが」
「まあ、それはいいや。当たってるのかもしれん、いやな話だが。……だが、なんでまた、それでいきなり変なロボットになるんだ?」
「だって、これからは電子計算機、いやコンピュータの時代なんだろ? マスコミが言ってんだから、みんなそう思ってんだろ? それをつないだんだ。あん時そうはっきり考えてやったわけでもないが」
「さっぱりわからんぞ」
「ふん。いいか? コンピュータが人間の頭脳を超えるだの、心を持つだの、反乱するだのって映画やマンガは昔からあるよな? そんなことはあるわけないんだが……その辺りから説明した方がいいか?」
欽二は素直に頷く。
「じゃあ、コンピュータってどうやってできたんだ? ものを考えているとして、どういうふうに考えているんだ?」
欽二は、何かを思い出そうと頭の中の雑然とした押入れを探し始めるが、何も出てきそうもない。
「二進法とかって奴か? 電気のオン、オフで1と0を表わすとかいう」
「うん、まあそれでいいんだが、それで数字を何百、何千と表わせるとしても、それだけじゃあ、数字の記録はできても足し算、引き算なんかはできないだろ?」
欽二はやはり不得要領の表情をしている。
「……そういった四則演算のような計算だけじゃなくって、論理式一般を二進法で扱えることを戦時中にフォンノイマンとかいう天才が証明しちまったんだ」
宇八は自分が証明でもしたかのように得意気だが、欽二はもちろんきょとんとしている。
「……つまりだ、論理的なもの、広い意味での言葉をコンピュータが扱えるってことを証明しちまったんだ。これがコンピュータの原理だ。いいか?単なる計算と言葉とじゃあ、とてつもなく大きな違いがあるぞ。計算機なんかじゃなく、言葉を扱えるってことは自分で考えられるってことだ」
我らの愛すべき友人が要領を得ないのも無理はない、75年当時にはまだパソコンはおろか、ワープロもなく、コンピュータは大量の数値やデータの処理、保険や税金の計算や管理に威力を発揮するものとして、使われ始めていたのにすぎない。つまり映画などのフィクションの世界でなく、本気でコンピュータにものを考えさせようとして、(可能性として知っているだけでなく)実際の作業を行っていた人間は日本にはほとんどいなかった。それよりは、現実の必要に迫られて、ハードではメモリーの大きなICやLSIの開発、ソフトではかな入力や漢字変換の方法の研究といったことが中心だった。
「ま、いいや。話はこれからだ。ともかくだ、遅かれ早かれ自分でものを考えるコンピュータがあちこちにあふれ出す。今だってIC制御とか言ってるだろ? 電気毛布とか。あれのもっと高級なのがじゃんじゃん出てくるってことさ」
「電気毛布がもの考えてるって? あんなの熱すぎたり、冷たかったりで、湯たんぽの方がよっぽど具合がいいぞ」
「具合の問題じゃない。布団の中の温度をフィードバックして、自分でスイッチを入れたり、切ったりしてれば立派にものを考えていることになるだろうが。ちゃんとしたもんかどうかは別にして。他にどういうときにおまえはものを考えているって言うんだ?」
少し風が通るようになってきたのか、欽二は古風な扇風機の風の当たる左腕が冷たいように思う。
「考えるって外から見てどういうことだよ? 暑くてたまらないから、かき氷食おうって考えることか? 天気予報で雨だって言えば、傘持って出るのが、考えるってことか? ニュースで景気がいいって言えば自民党に、悪いって言えば社会党に投票するのが考えるってことか? いい女見りゃちょっかい出したくなって、女房子どもが見てるとまずいなってやめるのが考えるってことか? そういうこと全部ひっくるめて『考える』ってことじゃないのか? 頭の中でごちゃごちゃ言葉が飛び交うのが考えるってことだって? おまえは、他人の頭の中見たことあんのか? そういうごちゃごちゃを切り捨てて言えば、電気毛布がやっていることを複雑にしただけだろ?」
「なんかやな話だな。気味悪いぞ」
「そりゃそうさ。でもこれからそうなるって、コンピュータが人間らしくなるより、人間がコンピュータらしくなる方が早いだろう。人間にはかわいそうなことに順応性っていう、部品交換の要らない自己修正装置が付いているからな」
「おまえの話は『人間の尊厳』ってのを無視してるよ」
「そうさ。だから、カモノハシなんだって。おまえが言ったとおりさ。……話の入り口まで来たところで、おさらいしとこう。コンピュータはそういう意味で『考えることができる』機械と定義していいんだが、その考えるときに使っているのはなんだ?」
欽二は、返答する気力を正午近くのうだるような暑さの中で失っていた。
「数字と論理さ。広い意味での言葉だけだ。コンピュータは映像や音声も扱えるそうだが、それにしたって言葉での命令がなきゃなんにもできない。それが原理だからな。これは人間の脳の機能を忠実に機械に移し変えたってとこかもしれんが、ほんの一部にすぎんし、だいいち成り立ちが違う。人間の脳はどうやってできてきた? どう進化してきた?」
「そりゃ、サルからだろう」
「そうだ。チンパンジーの親戚みたいなところからだよな。だからチンパンジーは喋れなくても、言葉みたいなものが使える。人間に飼われてるのは特にそうだ。イヌとかネコとかもそんな感じだろ? そういう言葉っぽいのがいやなんだ。足し算するイヌなんて、飼い主がバカに決まってる。……ま、それは置いといてさ、元々人間の脳の元になったサル、そのずっと前のカモノハシみたいもの。進化の過程ってよく知らんが、個体発生を見りゃ大体は分かる。まともな脳が出来た頃はえらの付いた魚かおたまじゃくしみたいだったのが、地面をもそもそ這い回わる、目玉の大きなイモ虫みたいになってという進化をしたんだろう。で、その間ずうっと、人間になってもしばらくは言葉なしで考えてきたんだ。今は『考える』ことが『言葉で考える』ことと同じように思われているかもしらんが、『言葉抜きで考える』は『言葉で考える』よりはるかに長い時間を持っているし、広いんだ」
「それで哺乳類でいちばん原始的なカモノハシのロボットを作ったってわけか? 全くおまえさんは。……だが、そのロボットは口を開けたり、閉じたり、歩いたりするだけだったじゃないか。しかもしょっちゅう故障するし」
「うん、ICが全然ダメなんだ。技術の進歩って遅いんだな。まあ、そんなもんだ」
「そんなもんだって、そんなんで終わりか?人間性とか、カモノハシ性とか大層なこと言って」
「あの時は、カモノハシ性を考えれば人間性も少しは広がって、深くなるかなって……ああ帰って来たか。冷や麦でも作ってくれ。赤いのと緑のが入ったいつもの奴な」
欽二は、その言葉でいつの間にか玄関口に栄子と輪子が黙って立っているのに気づき、少しぎくっとなった。
かものはし性の続きを楽しみにしております。
今回のエピソードを考えついたのは、このマンガの連載開始よりずっと前の"AIBO"がもてはやされた頃ですが、「理性」や「言語」よりもっと広い、進化の過程で獲得されてきたすべてが人間の脳には蓄積されているのではないか、だから「言葉」だけでものを考えるのは危ういだろうというのが基本的な発想です。
そして、その発想の元にあるのが「音楽は言語なしに思考している」というバッハやモーツァルトを聴いたときの実感です。
まあ、この辺をテーマにして物語は展開していくことになっていますが、コメントをいただくと考えがいろいろ整理されます。ありがとうございます。
となると、音楽のルーツ、これは現在の科学ではまだ解明できない「感性」の領域ではないかと思います。あるいは5感以外にもう一つまだ定義されない第6感があるのかもしれません。脳の構築は、発生学的に言えば古いもの程先につくられ、新しいもの、たとえば新皮質などは後からつくられます。音楽を作曲している、あるいは絵や彫刻を創っている時の脳をリアルにfMRIなどで見て、脳のどこが活動しているのか、ぜひ見てみたいものです。まさに「創造」の瞬間、ですね。その部位こそ人間たらしめるヒントが隠されているように思え、一番興味を持っています。何か御存じでしたらぜひ御教授願います。
次なる展開を楽しみにしております。
その経験をありきたりの言葉でくくったりするから、経験自体がありきたりのものになるように思います。人をデータ(プロフに書くようなことです)で見ていると自分もデータで評価されるようになるのと似ているのかも知れませんね。
「人間たらしめているもの」は、我々がその時々にどのような言動をするかで、わかってくるのではないでしょうか?例えばソクラテスが死刑判決を受けてどうしたかでも、コルボ神父の選択でも、あるいは恋人との付き合い方でも同じだろうと思います。
せっかくのお尋ねに大した答えができないで申し訳ありません。