夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(10)

2005-06-29 | tale

  4 四月一日に生まれて~Tractus


「このように主、イエス・キリストは御自らわたくしどもすべての罪を御身に担われ、あえてあらがおうとせず……」

 ルーカス神父のたどたどしい日本語の説教が質素な教会の中に響いていた。歳時記でそうなっているわけではないが、キリスト教に日本の夏は似つかわしくない。元々クリスマス前の待降節くらいから復活祭頃までが通常の教会の掻き入れ時で、神父によほどの愛情か義理を感じていないと梅雨明け直前の蒸し暑さの中で、日曜のミサなんかに来るような者はいなかった。

 栄子は、引っ越して来てから近所の熱心な信者に誘われて通いだしてもう2年になり、その信者が引っ越していってからも続いているのだが、この季節は苦手である。実際のところ、通って来る信者(元々そう多くない)が夏の到来とともにだんだん減って、いつの間にか2、3人になっているのに気付いたときには、もう手遅れだと観念した。嫌がる夫と子の手を引いて、おまけに夫が逃げ口上に使おうとした、たまたま来訪していた仲林欽二まで連れて来たのだった。

 今日は、この羽部家の関係者以外にはたった一人しかおらず、途中で帰ってしまったから、栄子がやめていればミサがどうなっていたかわからないところであった。いずれにしてもいつもよりも多くの信者を相手に額から顎にしたたり落ちる汗をものともせず(ミサに来る者すべてが善き羊たちなのだ)、ルーカス神父は自分でも少し長いと感じる説教を続けていた。

 栄子は睡魔と3回目の戦闘を開始しており、輪子と仲林はとうに眠っていた。宇八は、はたからでは起きているのか、眠っているのかわからないような顔をしていた。彼は吊り革につかまり、目を開けたままで何駅も乗り過ごしてしまうような男である。……

 ようやく長く暑いミサも終わり、神父も誘って、すぐ近くの大衆食堂でかき氷を食べることにした。注文した順に言うと、輪子はイチゴ、宇八はミルク金時、欽二と栄子はみぞれ、神父はレモンであった。

「このかき氷ですか、日本の夏にとても合っていますね。」とカラーをゆるめずに神父が言う。
「神父様もこの暑いのに大変ですわ。アロハシャツかなんかでもよろしいのに」
「ふだんはそんな格好もしますが、信者の皆さんの前、ミサの時はダメですね」
「神様ってのは、風紀委員みたいに神父さんの服装のことをつべこべ言うんですか?」
 何か考え込むようにひじ杖で頭を押さえながら、しかし口調はからかうように宇八が訊いた。
「そうではありませんが、こちらの気持ち、心の、なんと言いますか。形、姿勢? うまく日本語では言えないのですが、そういうもの、違うのです」

 そんなふうに言うと、まだかき氷が少し残っているのに、代金を置いて、
「わたし、忙しいので失礼します。あ、ごちそうさまでした」と言いながら、また炎天下の街へ出て行った。

 宇八は「あと、食っていいよ」とラムネ色のガラス鉢を輪子の方へ押しやって、
「あー、頭がキーンとした。これってなんでかき氷だとなるんだろうな」と言った。
「急いで食うからだよ」
「でもそうなるのがかき氷らしいのよ」
「神父を目の前に氷食うと、調子が狂うな」
「めったにない経験だぜ」
「なんの得にもならんだろ」
「そんなことありません。とてもいいお話をいつもしてくださいます。今日だって……」
 輪子が小豆をこぼすのを叱りながら、栄子が言った。5年生になってもおかっぱ頭の輪子は、無口で少し暗い感じの性格は変わっていなかった。
「何言ってやがる。半分は寝てたくせに。……ま、あんなサウナ風呂でまじめに聴けって方が無理だが」
「そういや、途中で帰ったがいい女がいたな。つるっと涼しげな。ありゃご利益だ」
「ふうん、そうだったかな……相風呂で美人がね」

 最後の方が少し言い淀むような言い方なのを、栄子は輪子にハンカチを渡しながら何気ないふうに聴いていた。


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3 コメント

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小説みたいです (hippocampi)
2005-07-01 10:22:08
大変面白く読ませて頂きました。小説のようです。つづきが読みたいな、と思いました。夢のもつれ様の御家族はクリスチャンなのですね。教会へは冠婚葬祭ぐらいしか行った事がありませんがエアコンなしでの説教とは驚きです。おつかれさまでした。

私がこれまで会った近所の庶民的お寺のお坊様は運悪くみな変人かエロジジばっかりでしたが、この神父様はなんだか素敵な人ですね。つづきをまた楽しみにしています。
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おほめいただき、ありがとうございます。 (夢のもつれ)
2005-07-01 16:03:01
このブログのメインにして、最も人気のない物語にコメントいただき、舞い上がっていますw



これは全くのフィクションで、私自身クリスチャンでもないです。教会も行ったことないですね。ほとんど想像で書いてます。



でも、”ジャパン・レクイエム”ってことですから、やっぱり教会や神父が出てこないと、って思って。設定が70年代ですからエアコンがないのもふつうでしょう。日本の教会は信者が少ないから貧しそうですしね。



プロテスタントの中には変なのもありますが、カトリックは、まあ一応まじめにやってるんでしょうね。それだけにヨーロッパのように生活に密着した感じがない、”庶民性”のないインテリの教養みたいなところがありますけど。



ルーカス神父は今後、重要な役どころを担うことになっています。お話自体は一応最後まで書いてありますが(だいぶ直す必要があるんですが)、これまでは長い導入部分で、今回から実質的に物語が動き出すことになります。今後ともよろしくお願いします。
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張り合いの出るコメント! (yuhoto)
2005-07-01 23:07:10
夢のもつれ-san へ



こんばんは~!



新装開店日に、嬉しい張り合いの出るコメントを頂き感激で~す。

これを機に、お互いのサイト訪問者がもっと増えてくれると良いですね!

それから、勘違いも何もないですよ! このサイトは美女が運営するブログなんですから!



ところで、プレビューと投稿後の画面表示が異なることはご存知だと思いますが、このために本当の姿は投稿してみなければ分かりません。

夕べも、このトップ・ページの投稿後に数箇所修正しました。大変でした。

何故なら、Mac と Windows では表示が異なるからです。

加えて、ブラウザのバージョンにも影響されるので、その中庸を狙った修正が一苦労なのです。

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それでは、これからもよろしゅうお願いしま~す。
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