自己実現できる職場

　今月末で私の職場の新人が辞めるそうです。自分のやりたい仕事と違うので、もう一度専門学校に行って資格を取りたいということです。こちらからするといろいろと覚えてもらってこれからという時期ですから、かなり残念ですが、本人の決心は堅いらしいです。今は就職の状況もよくなっているので、自分に合わない職場にしがみつく必要はないのかもしれませんし、彼女（その新人は女性なんですね）が辞めたい理由として言っているものが本当の理由かどうかはわかりませんから、無理に引き止めてもかえってよくない場合もあります。……実際に「なんであいつを引き止めたんだ」っていう困った人材になっちゃった例もありますから。

　私なんかは終身雇用制にどっぷり漬かっていて、いろいろ転職しちゃう人の気持ちはちょっと想像を絶しているんですが、新人の頃はそれこそ五月病みたいな感じで辞めたくてしようがなかったことがありました。そのときに辞めなかったのは先のあてがなかったからだけです。辞めたい。でも辞めてどうする？　でも辞めたい。じゃあ資格でも取るか？　そんな勉強をする気力もない。……そんな情けない堂々巡りをしながら、地下鉄の階段をトボトボ上がっていたことを今でも思い出します。でも、１年、２年と経ってくると仕事にもサラリーマン生活にも慣れて、後輩が入ってきて偉そうに指導するようになって、辞めるなんて気持ちはいつの間にかなくなってしまいました。

　今では中途入社や派遣社員も多いようで、二者択一みたいなことは少なくなってきているのかもしれませんし、わりと簡単に辞めてしまう人が少なくありません。それがいいか悪いかは本人だけが、しかもかなり経ってからしか判断できないでしょう。つまり（人生の重大事の選択のほとんどがそうであるように）誰にもどっちがいいかわからないということです。ただ企業の本音として、そうそうさわやかに「そうか、そうか。頑張ってね」とはならないでしょうね。私の職場の場合も正直に言えば人事からは「どういうことだ？」というふうに見られているようです。その反応にはおそらく採用した側である人事として「変なのを採ったわけじゃない」という防衛本能が働いているんでしょう。簡単に言えば新人（のような組織が必要としている人材）が辞めればどこかの部署にマイナス点を付けるのが組織の論理です。もちろんそんなのは短期的な話ですから、辞めたいと真剣に思っている人が気にすることはありません。

　ただ言えることは転職が多いのは決して有利には働かないということです。中途採用などでも転職の回数と理由はかなり考慮されます。能力が同じだったらというのはウソで、ちょっとくらい優れていても転職が多ければふるい落とされやすいですし、なぜ転職したかは説得力のあるものでなければなりません。例えば職場が自分に合わなかったというのは最悪でしょう。本当にどうしようもない上司や同僚ばかりだったからって、そのとおりには言わない方がいいと思います。だって、採用する側としては「また同じように思って辞めるんじゃないの？」って考えますから。自分のやりたいことができなかったというのもよほどの力量がなければ言わない方がいいように思います。「うちはキッザニアじゃない」って思っちゃう人事担当者は少なくないでしょう。

　あっさり言ってしまえば働くということは契約ですから、ギヴ＆テイクなんです。取り引き、駆け引きだと言ってもいいかもしれません。企業の方に関係を続けたい、取り引きを続けたいと思わせなければ採用されないでしょう。自分を見てもらえばいいという素朴なアドヴァイスも、面接の極意みたいなテクニックも新卒だから通用する甘っちょろい話じゃないかなって思えます。……新卒だから私みたいなのでも採用してもらえたんだろうと今頃になって感じます。