夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(22)

2005-08-09 | tale

 こうして年内にかなりまとまったものができたので、早速音を出してみたくなった。正月に親戚が集まることになっていたので、甥の何人かに電話して楽器を持って来させることにした。正月2日の正午、少し時代遅れになりかけた結婚式場などをやっている会館の3階に総勢18人が集まった。立食パーティーふうの食べ物とビール、ジュースなどが3つの円卓に並べられた。羽部家、片山家、鳥海家の全員、上川本家からは息子の晃と稔、上川分家からは順子と子ども3人が参加した。先日の法事で従兄妹会を近々やろうという話になって、それに親たちが加わったという趣きであった。

 楽器は晃のトランペット、稔のタンバリン、童のギター、輪子のリコーダーと鍵盤ハーモニカが持ち込まれていて、会場にはほこりをかぶったエレクトーンがあった。パーティーが始まり、ビールを飲みながらフライドチキンを2つ、シューマイを3個食べると、何人かに近寄り、まず楽器の分担を決めた。晃がトランペット、稔がタンバリン、童がギターまではまあ当然として、輪子はリコーダー、鍵盤ハーモニカは葉子、エレクトーンは暁子にした。片山家の姉妹はピアノを習ったことがあり、音感の良い暁子にはオルガンパートに加え、合唱もできるようにした。これで合唱は残りの親たちを中心とした、男5人、女6人のメンバーになった。4声部必要なのだが、楽譜が読めない者も多いのに最初からそんな芸当はできるはずがない。だいいちみんな食べたり、飲んだり、しゃべったりで忙しい。まずユニゾンで主旋律を覚えさせるのと楽器の演奏に慣れてもらうことを主眼に3回通して歌わせた。この試奏時には、『入祭唱』、『キリエ』、『怒りの日』の一部、『サンクトゥス』だけで最終稿の半分弱くらいの分量であったし、楽譜もヴォーカルスコアに2段だけ器楽分をつけた簡易なものであった。長すぎてみんな飽きてしまいそうなので、器楽のみの部分はカットしたのだった。

 音楽とは無縁な一族、ましてや宇八のような人物の言うことに素直に従うのは奇異な感じもするが、甥っ子たちにとっては子どもの頃から法螺話を聞かせてくれる“おもしろいおじさん”であったし、姪たちにとっても長じるに従って親には言えないようなことも言える“話のわかる、さばけたおじさん”ということで、人気があったのだ。結婚を控えた暁子が自慢の高音を張り切って出したりすると、「そんな声はみんなに聞かせなくてよろしい」などと茶々を入れて、おじおばたちの笑いを誘ったりした。

 ユニゾンで歌わせて、大体の音感と言うか実力のほどもわかってきたところで、男声と女声の2部に少しずつ分けて歌わせた。おぼつかないながらハーモニーらしくなると、達子や光子でもおもしろがる。慣れると女たちのおしゃべりが始まってしまい収拾するのが大変なので、すかさず考えていた配置を試みた。ほぼ正方形の部屋の正面にエレクトーンがあるので、そこに木管ということでリコーダーを演奏させ、出入口のところに弦楽器のパートを受け持った鍵盤ハーモニカとギターを、奥に向かって右手にはトランペットを、左手にはタンバリンを配置した。つまり、本来の教会で演奏する際には、オルガンと木管が出入口の真上、弦は祭壇の方、左が金管、右が打楽器ということになる。

 指揮をする宇八が部屋の真ん中に立って、トランペット側に男声、タンバリン側に女声を並べた。こうした十字形の配置ができると、女声を2部に分けて歌わせてみた。ソプラノは達子、光子、エレクトーンの暁子で、アルトは栄子、菫、月子、順子にした。声の質よりは、合唱としてもバランスを考えて(本人には言わないが)、歌がうまい方をアルトに回したのだった。ソプラノは暁子がエレクトーンを弾きながら歌えば十分という計算である。難物は男声である。まあまあの音感で、声が前に出る攻治やギターの童は低い声が出ない、どうしてもテノール系なのだ。それで攻治、童だけをテノールとして、それ以外の幸三、薫、タンバリンの稔、高保、保伸をみんなバスにしてしまった。攻治は自分が大役を任されたと思って、妙に張り切って、童のギターや歌にも注文をつける。

 もちろん声をほとんど出していない者も少なくないのだが、若い連中の中にはおもしろくなってきた者、うまく歌えるようがんばろうとする者が出てくる。そういうのを横目で見ながら、頭の中にあるフルスコアの手直しすべきところも大体わかってきたので、練習は打ち切って、水割りを片手にまぐろやいかのにぎり寿司やサンドイッチに手を伸ばした。みんなも壁際に置かれたいすに腰かけたり、円卓の料理の周りに群がったりしているが、攻治だけは年下の従弟妹を集めて練習を続けるよう命じ、そう乗り気でもない童にギターを弾き続けさせている。……

 その後、宴会は3時過ぎまで続き、歌よりも甥や姪への冷やかしの方が多かった光子が「また、みんな集まってにぎやかにやろうね。義兄さん頼むわよ」と言ったように親戚の親睦会としては成功だった。

 三々五々帰る際、古ぼけた赤いエレベーターの中で宇八と童だけが一緒になった。二人とも家族と一緒に行動しようという意識が薄いのだ。

「ギター弾いて歌うと疲れちゃうね。伯父さんも疲れたんじゃない?」
「自分で作ったものだから仕方ないな。まあ、そう意味のあるものだと思わないけどな。おれの祈りなんて値打ちのないものだろう」
 普段の大言壮語に似合わぬ弱気な言い方に耳を留めて、童は訊いてみた。
「あんな曲を作るのは、……神様を信じているからなの?」
「ふん。信じてるって、どういう意味でだ? 存在をか? 自分のことを神様がわかってくれるってことか? だが、その意味をきちんと認識しているのか?」
 
 この伯父とは、童が浪人しているとか、そんな世間話をしたことがない。畳みかけるような質問に童がとまどっているうちに、ガタンと揺れながら一階に着く。一緒に外に出る。正月らしい澄みきった寒風が吹いている。

「……いや別にむずかしい意味じゃない。おれがここにいる、おまえもここにいる、この地面がある、そういう確かな、確からしいと言ってもいいが、そういうリアルな意味で神がいると思うのかってことだ。……自分と世界をリアルに感じるのと少なくとも同程度に神をリアルに感じられる奴なんて、そうそうはいないんじゃないか? 本当のところ。昼間街を歩いていて、いきなり大地が灰のかたまりのように頼りなくなって、底なしの暗闇に引きずり込まれそうな感覚を持ったことあるか? そういう経験がないと神の存在なんて考えても、おみくじのご利益を期待する以上の意味はないかもしれないぞ。そういう感覚を生み出した自分の頭、心がおかしいんじゃないか、バラバラに壊れてしまったんじゃないかって思って、それでも何かに縋り付こうとするところから始まるんじゃないのか?」

 駅へ向かう古いけれど活気のある商店街の中を二人で歩く。麻雀屋や喫茶店、焼き鳥屋、パチンコ屋などが立ち並んで、それぞれのにおいを歩く者に浴びせてくる。闇市だったのが客に見えるところだけ手直しを重ねて、まあまあ見られるような店構えにしたところが多く、時折失火だか放火だかで火事になるのが、商店街としての新陳代謝には役立っているといった具合である。童はすれ違う人たちに当たらないよう、ギターケースを時々持ち替えている。

「……そういうことは考えたことないなあ。伯父さんが言ってるのは、実存主義みたいなことなのかな。存在論とか認識論みたいなことは、高校の倫社でデカルトを読んだとき、だいぶ考えたつもりだったんだけど」

 童がありあわせの知識で応えようとすると、多くの甥や姪がいてもこういう話をしたがるのはこいつだけだなと思いながら、口調は乱暴に言う。

「そういうのにいつまでも付き合ってても仕方ないだろ。パンツ下ろして、さあこれからっていう時におしまいになるような代物に」
「相変わらず、口が悪いなあ」
「まあいいさ。おまえが訊きたかったのは、あの曲を書いた動機なんだろ?……そう大層なものがあるわけでもないんだが、ここんとこのくだらないいろんな事件で、おれたちってホントは底が抜けているんじゃないかって思ったんだ。『人命は地球より重い』って言っても、じゃあそんなことどこに書いてあるんだ? なんにも拠り所がないから、言葉が薄っぺらで説得力がないんだ。人間性なんて言っても人間のことだけ考えていたら、袋小路だか螺旋階段をいつまでも降りて行くようなことになるだけだ。じゃあおれが考えてやるってところだったんだが、作曲を始めてみるとそっちであれこれいじる方がおもしろくなって、初志は忘れちまったな。……ただその手の勉強をしていると、少しずつイエスのことがわかってきたような気がするんだ。キリストと言っても生身の人間だろ? 人間には相性ってもんがある。あのユダって奴とは相性が悪かったんだよ。最初からお互いなんかやだな、でも気になるなって思ってて、なまじイエスはユダを切り捨てられなくて、ユダはイエスのすばらしいところは頭ではわかっているつもりで、ついて行ってしまったんだ。よしゃあいいのに。……おまえも攻治に近づかないのがいちばんなのに、相性が悪い同士ってなぜかからんじゃうんだよな」

 甥がはっとしているのを置いて、くたびれた駅舎に入るとさっさと切符を買って、改札口の方へ行ってしまった。 


  DIES IRAE

 1)Dies irae, dies illa,
  Solvet saeclum in favilla:
  Teste David cum Sibylla.
 2)Quantus tremor est futurus,
  Quando judex est venturus,
  Cuncta stricte discussurus!
 3)Tuba mirum spargens sonum
  Per sepulcra regionum,
  Coget omnes ante thronum.
 4)Mors stupebit et natura,
  Cum resurget creatura,
  Judicanti responsura.
 5)Liber scriptus proferetur,
  In quo totum continetur,
  Unde mundus judicetur.
 6)Judex ergo cum sedebit,
  Quidquid latet, apparebit:
  Nil inultum remanebit.
 7)Quid sum miser tunc dicturus?
  Quem patronum rogaturus?
  Cum vix Justus sitsecurus.
 8)Rex tremendae majestatis,
  Qui salvandos salvas gratis,
  Salva me,fons pietatis.
 9)Recordare Jesu pie,
  Quod sum causa tuae viae:
  Ne me perdas illa die.
 10)Quaerens me, sedisti lassus,
  Redemisti, crucem passus;
  Tantus labor non sit cassus.
 11)Juste judex ultionis,
  Donum fac remissionis
  Ante diem rationis.
 12)Ingemisco tamquam reus:
  Culpa rubet vultus meus:
  Supplicanti parce, Deus.
 13)Qui Mariam absolvisti
  Et latronem exaudisti,
  Mihi quoque spem dedisti.
 14)Preces meae non sunt dignae:
  Sed tu bonus fac benigne,
  Ne perenni cremer igne.
 15)Inter oves locum praesta,
  Et ab haedis me sequestra,
  Statuens in parte dextra.
 16)Conftatis maledictis,
  Flammis acribus addictis,
  Voca me cum benedictis.
 17)Oro supplex et acclinis,
  Cor contrium quasi cinis:
  Gere curam mei finis.
 18)Lacrimosa dies illa,
  Qua resurget ex favilla.
 19)Judicandus homo reus:
  Huic ergo parce, Deus.
 20)Pie Jesu Domine,
  Dona eis requiem.
  Amen.


   怒りの日

 ①怒りの日、その日こそ、
  この世は灰燼に帰すだろう、
  ダヴィッドとシビッラが証したように。
 ②人びとの恐怖はどれほどのものか、
  裁き主が来られ、
  すべてを厳しく糾されたもうのだから。
 ③妙なる響きのラッパが
  この世の墓の上に鳴り渡り、
  すべてのものを玉座の前に集めるだろう。
 ④死も自然も驚くだろう、
  すべてのものがよみがえり、
  裁き主に答えるのだから。
 ⑤書き物が持ち出されるだろう、
  すべてのことを書き記したものが、
  この世を裁くため。
 ⑥裁き主が裁きの座に着く時、
  隠されたものはことごとく暴かれ、
  報われないことは何一つとしてないだろう。
 ⑦哀れなわたしは何を言えるだろう?
  どんな保護者に願えばいいのか?
  正しい人さえも心穏やかではいられないのに。
 ⑧畏れ多い偉大なる王よ、
  救われるべき者を恵み深く救われる方よ、
  わたしを救いたまえ、憐れみの泉よ。
 ⑨慈悲深きイエスよ、思い出してください、
  地上にあなたが降りられたのは、何のためなのか、
  その日、わたしを滅ぼされんように。
 ⑩わたしを尋ね疲れ、
  わたしをあがなおうと十字架の刑を受けられた方よ、
  その辛苦を空しくしないでください。
 ⑪正義により罰をくだす裁き主よ、
  わたしに赦しの恩寵をくだされますように、
  応報の日より先に。
 ⑫罪を負うわたしは嘆き、
  罪を恥じて顔を赤らめています。
  神よ、乞い願うわたしをゆるしてください。
 ⑬マグダラのマリアを赦し、
  盗人の願いをも聴き届けられた方よ、
  わたしにも希望を与えてください。
 ⑭わたしの祈りなど聴き入れるのに値しないものですが、
  慈悲深い方よ、憐れみをもって、
  わたしを永遠の火に追いやらないでください。
 ⑮羊の群れにわたしを置き、
  山羊の群れから引き離して、
  あなたの右に立たせてください。
 ⑯呪われた者どもを罰し、
  激しい炎の中に落とされる時、
  祝福された者と共に、わたしを呼んでください。
 ⑰ひれ伏してお願いします、
  灰のように砕かれた心をもって、
  わたしの終わりの時を取り計らってください。
 ⑱涙の日、その日は、
  灰から蘇る時。
 ⑲罪ある者が裁かれるべきとしても、
  神よ、お願いです、憐れみを。
 ⑳慈悲深いイエスよ、主よ、
  彼らに安息をお与えください。
  アーメン。


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2 コメント

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となりの神様 (夢のもつれ)
2005-08-09 14:57:18
神学論争って浮世離れした議論とか結論の出ない議論の代名詞で使われますが、神はおっしゃるようにもっと身近なものであったはずですよね。となりのトトロみたいなのが日本人にとっての神だったと思いますし、そういうのから遠ざかってしまったのは、我々の心の脆弱性の原因のような気がします。



イスラムがパワーがあるのは、神を身近に感じているからじゃないかと思います。
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自分だけの神様 (hippocampi)
2005-08-09 13:33:38
神様…漠然としたイメージで、見た事もないし触った事も無いですが、物事が望む方向へトントン拍子に進んでいったり、間一髪で切り抜けられたり、なんとなくカンでとっておいたものが後程重要なものになったり。。こんな時、神様っているんじゃないかと思うこの頃です。そんなことを考えながら拝読させて頂きました。
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