今日は5月の最終日なので、大晦日にシュターツ・オーパーで見た「こうもり」を、ってめちゃめちゃ強引ですけどw。……ウィーンの人は「紅白」よりも「こうもり」ですってこともなくて、一般庶民は行きません。プレミアがついて高いし、スノッブだと思ってるんじゃないでしょうか。行くのは、上流階級の人たちか、日本人を始めとした外国人。そういうところはニューイヤー・コンサートと一緒です。テレビでやってないし。
そんな高いチケットを買うつもりもなく、年越しそばでも食べながら日本を偲ぼうと思ってたんですけど、家人の父親がウィーンに来まして、けっこうクラシック好き、ウィーン好きなんで、ぜひ見たいと。じゃあ、お供しますってことで、オーパーからケルントナー通り辺りのチケット・ショップを訪ね歩いて入手しました。前日くらいだったので、すごく高かったですけど、自分の財布からじゃなければ平気w。
格式の問題だと思いますけど、シュターツ・オーパーはふだんはオペレッタってやらないんです。この年末の「こうもり」だけが例外で、まあ年末だから羽目はずしちゃえみたいなもんでしょうか。フォルクス・オーパーでは見たことがあったんですが、やっぱり舞台が豪華! それが回るときなんかは思わず、おおーって歓声が上がります。
「こうもり」ってよくできたオペレッタだと思います。序曲はいろんなオペラの中でも5本の指に入るくらい好きです。フィガロもそうですけど、ああいうわくわくするような、これから始まるお芝居が楽しみになるようなのがいいです。おいしいメロディをうまくつなぎあわせて、でもまとまりがよくって。
ストーリーは、こうもりの格好をして友人のアイゼンシュタインに恥をかかされたファルケが、友人の奥さんのロザリンデなどなどと組んで、浮気をとっちめるのと合わせて復讐するっていう単純なものです。単純で他愛のない話が喜劇には合います。自分の奥さんや召使が見分けられないとか、自分が収監される刑務所長と仲良くいい加減なフランス語でしゃべるなんて、お芝居ならではです。オペレッタの筋って吉本新喜劇とあんまり変わらないドタバタ劇ですし、モーツァルトのオペラ・ブッファだってそうです。それをくだらないって言う人の方がくだらないです。
でも、この単純なストーリーにユニークな人物がからみ、美しかったり、楽しかったりする音楽や踊りが入ると、とっても生き生きとしたものになります。「こうもり」で言うと、第2幕のロシアの貴族オルロフスキーの奇矯な振る舞いと裏声(ズボン役が歌うこともあるでしょう)や第3幕の牢番フロッシュが全く歌わないのにアドリブいっぱいの台詞まわし(地元の人でないとなかなかわからないですが)と日めくりカレンダーを破くお約束のギャグがそうです。それ以上に召使のアデーレがチャーミングでなければなりません。……ああいうのは、小林幸子や北島三郎が出ないと「紅白」の気分が出ないと同じかなぁ。
構成としてもよくできていて、第1幕のアイゼンシュタインのお屋敷での小粋な喜劇、第2幕のオルロフスキーの邸宅の華やかな宴会とバレエ、第3幕はモノトーンな刑務所での音楽の少ないお芝居となっていて、最後はそこに登場人物が勢ぞろいしてシャンパンを称える歌で終わります。まさに”Wein,Weib und Gesang”なのですが、みんな退屈ennuiを持て余していたから……とまとめちゃうこともできるでしょう。
でも、刑務所の事務室には必ずフランツ・ヨーゼフ1世(在位1867-1916)の肖像が掛かっています。多民族国家であるがゆえの苦難に耐え、最善の努力をしながら、オーストリア帝国の凋落を押しとどめられず、奥さん(エリーザベト)は暗殺され、長男もマイヤリンクで謎の心中で亡くし、皇太子の甥はサラエヴォで暗殺され(第1次大戦の引き金です)……と悲劇的な、しかしウィーンの人が今も愛してやまない皇帝なのです。そういう忍び寄る破滅を前になすすべもない、優雅なennuiなんて、今の日本からは縁遠いものでしょう。……もちろん私はこんなことは考えもせず、楽しくて、典雅なオペレッタを満喫した夜でした。幕間にはシャンパンは高いのでスパーリング・ワインを片手に歴史や内装を義父に紹介したりして。
そう言えばシュターツ・オーパーの演目を取り上げたのはこれが初めてですね。いちばんたくさん行ったところなのに。……